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在来種のそば「福井在来」が、おいしい理由/福井の あわら在来、丸岡在来を例にとって

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在来種のそばが、おいしい理由

福井の「あわら在来」「丸岡在来」を例にとって

                         

写真と文・片山虎之介      


 在来種の蕎麦とは、その土地で昔からずっと作り続けられてきた蕎麦のことをいう。
 つまり、品種改良されていない、昔ながらの蕎麦のことだ。

 今では、在来種を栽培している地域は、日本中を探しても、とても少なくなってしまった。
 唯一、福井県だけが在来種の蕎麦を大切にして、県をあげて作り続けてきた。
 なぜ、福井県は、在来種の蕎麦にこだわったのか。
 その理由は、この蕎麦がおいしいからだ。
 在来種の蕎麦がおいしいのには、理由がある。

4889_01s.jpg 福井の人たちは、蕎麦好きだ。
 なぜ、在来種の蕎麦がおいしいかという理由はわからなくても、食べてみれば、一発でわかる。
「福井の蕎麦は、おいしい」
 自分たちで感じた、その事実だけを信じて、福井の人たちは、在来種の蕎麦を守ってきた。
 その結果、宝物のような在来種を現代に残す「在来種そば王国・福井」が出現したのだ。
 今や福井の在来種は、蕎麦の世界では怪物と呼んでいい。
 質、量ともに管理され、圧倒的な規模で栽培されている。

 日本では、外国から輸入された蕎麦が大量に消費され、蕎麦の世界を支えている。輸入の蕎麦がなければ、日本の蕎麦業界は立ちいかない状況にあるのが現実だ。
 それと同じく、福井で生産される蕎麦は、質の面で、日本の蕎麦の世界を支えている。この蕎麦がなかったら、日本蕎麦のおいしさの水準は、維持できないだろう。


 

【在来種の蕎麦がおいしい理由】


 蕎麦はなぜ品種改良するのだろう。
 いろいろな目的があるが、収穫できる量を増やしたり、病害虫に強い品種を作ったり、大量に栽培して収穫する際の作業効率を良くする目的で、品種改良することが多い。
 品種改良された蕎麦は、どの実も同じ個性を持つようになる。
 播いた種は同じ時期に発芽し、同じ時期に花が咲き、同じ時期に熟して収穫適期をむかえる。
 こうするとコンバインで一斉に刈り取る際、すべてが同じように熟しているので、効率良く収穫できるのだ。

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 それに対して在来種の蕎麦は、逆の性格を持っている。
 播いた種は、早く発芽するものもあれば、遅く芽を出すものもある。草丈が高く伸びるものもあれば、背の低いものもある。早く実るものもあれば、ゆっくりと熟していき、他の実が黒く熟しても、まだ緑色のものもある。
 こうした在来種の特徴を「雑駁(ざっぱく)」であるという言い方をする。
 雑駁とは、様々なものが入り混じっている意味で、統一がとれていない状態を指す。在来種は雑駁であるという言い方をするとき、あまり良い意味では使われていないようだ。
 実が熟す時期がバラバラだと、コンバインで収穫する際、未成熟な実が混ざるので収量が落ちる。
 だから在来種は良くない、という論法になる。

 しかし、食味の面からみたとき、私はこの「雑駁」の中にこそ、美味しさの秘密があると思っている。
 例えばコーラスを例にとって考えてみよう。合唱はソプラノ、アルト、テノール、バスなど、様々な個性が混在するから、厚みのある美しい和音が生まれる。これがバスだけの合唱になったら、ちょっと違った音楽になるだろう。
 在来種の雑駁とは、この多彩な個性が混在している状態だといえる。昔から愛されてきた日本蕎麦の美味しさは、在来種の雑駁さの中にこそ隠されているのである。

 福井では、県の全域で在来種の蕎麦を育てているので、すばらしい蕎麦が育つ多くの蕎麦産地がある。
 いずれの産地にも特徴があり、甲乙つけがたいのだが、今回は、その中からふたつの産地をピックアップして紹介しよう。
 ひとつは、「あわら在来」が育つ、あわら地区。
 もうひとつは、蕎麦好きの皆さんにはおなじみの「丸岡在来」が育つ、丸岡地区だ。
 どちらも福井県を代表する蕎麦産地だといえる。

【あわら在来の魅力】

 東京から北陸新幹線に乗って金沢まで行き、そこで北陸本線に乗り換えて、約40分で芦原温泉駅に着く。ここが極上の蕎麦「あわら在来」が育つ、あわら地区だ。

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 関東の蕎麦好きの方で、福井の在来種をお好きな方でも、あわら在来をご存知の方は、とても少ない。
 なぜかというと、あわら在来は、あまりにおいしいため、地元の人たちが、みんな食べてしまうからだ。他の地域に出荷する量は、ほぼ、ないに等しい。
 だから、あわら在来を味わいたいと思ったら、現在のところ、現地に足を運ぶしか方法がない。

「福井では、おいしい蕎麦は、地元の人たちが、みんな食べてしまう」ということが、都市伝説のように言われが、それは間違いではない。
 福井の蕎麦好きの人たちは、おいしい蕎麦を良く知っている。
 おいしい蕎麦は、まず自分たちが食べて、余ったら他の地域に出してもいい・・と思っているのだが、結局、食べ尽くしてしまう。
 独り占めしようとしているわけではないのだが、結果としてそうなる。だから、あわら在来は、まぼろしの蕎麦などと言われるのだ。


【あわらの名店の一軒、新保屋(しんぼや)】


3876_01.jpg あわら市の市街地から、ちょっと外れた場所に、地元の人たちが足繁く訪れる蕎麦店『新保屋』がある。
 母と娘、ふたりの女性が切り盛りする蕎麦店だ。
 かつては、お母さんが蕎麦を打っていたが、今は娘さんが引き継いで、毎朝、蕎麦を打つ。
 ここでは、福井の在来種の蕎麦を幅広く使っている。
 季節により、蕎麦の状態により、厳選された蕎麦粉が、娘さんの手によって、美しい麺に姿を変える。

 毎年、新蕎麦の時期になると、ほんのしばらくの間だけ、娘さんは新蕎麦の十割蕎麦を打つ。数量限定なので狙っていかないと食べることはできないが、これを楽しみに一年を過ごす蕎麦好きも多い。
 新蕎麦の時期になると、まだかまだかと催促されるという。

3851s.jpg 普段、味わえるのは、つなぎを入れた二八蕎麦だ。
 蕎麦は十割でなくては、いけないわけではない。
 生粉打ちの蕎麦(十割蕎麦)には、生粉打ちの良さがあるし、二八蕎麦には二八の魅力がある。
 二八の場合、食感を楽しむという要素が強くなる。
 おろし蕎麦として味わう際にも、舌や歯に当たる二八蕎麦の、絶妙の弾力を備えた食感は、ぴったりマッチする。思わず「うまい」と、つぶやきが漏れる。
 もしも新蕎麦の時期に訪れて、幸運にも生粉打ちの蕎麦を味わうことができたなら、ぜひとも二八蕎麦も一緒に味わっていただきたい。
 食べ比べてみると、それぞれの蕎麦の魅力が、はっきり記憶に刻み込まれることだろう。

【あわら温泉は、福井の奥座敷】

 あわらまで来たら、温泉に浸からずに帰るわけにはいかないだろう。
 ここは、福井の中でも抜きん出て魅力的な、命の保養地だ。
 一晩、泊まれば、十日は寿命がのびる気がする。

 あわら温泉の老舗旅館『べにや』を紹介しよう。
 『べにや』は、芦原温泉の中でも、洗練されたもてなしと美味の宿として知られている。
 創業は明治17年、建物は国の有形文化財に指定されている。
 『べにや』という屋号は、もともと北前船が運ぶ化粧用の「紅」を商っていたことに由来する。

 温泉は源泉掛け流し。しかし、肌触りは柔らかく、それでいて湯上り後の保温効果が長く続くことに驚かされる。体の奥まで温泉の力が浸透し、活力が体内に満ちていくのを感じる。

 料理は福井の海の幸、野の幸、山の幸の旬を選び、客室までコース料理として運ばれる。
 なんという贅沢。
 非日常の豪奢と幸福感を堪能できる宿である。

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【丸岡在来の個性】

 福井には、たくさんの優良な蕎麦を産出する産地がある。
 丸岡在来、大野在来、今庄在来など、蕎麦好きの皆さんには、思わず生唾を飲み込みたくなる名前だろう。
 いくつもある産地には、それぞれ特徴がある。
 丸岡在来は、福井の在来の中でも、小粒なことで人気が高い。
 それと生産者の意識が高いため、品質管理が徹底していて、風味の良い蕎麦が穫れる。
 丸岡は、福井の蕎麦を代表する産地のひとつということができるだろう。

 東京など、福井以外の町でも、丸岡在来を味わうことのできるチャンスは、かなりある。
 蕎麦店の張り紙に、「本日の蕎麦=丸岡在来」という文字を見つけたら、何も考えずに、さっとのれんをくぐっていただきたい。
 蕎麦を食べるのに、長い時間はいらない。
 何はさておき丸岡在来を食べてから、次の仕事にかかるのが、蕎麦好きの常識というものだ。

 福井で丸岡在来を味わうなら、『大宮亭』がおすすめだ。
 丸岡在来を知り尽くした主人が、石臼を回して自家製粉している。
 多彩なメニューが揃っている。
 福井には、おろし蕎麦以外にも、こんなに幅広い蕎麦の食文化があったのかと、嬉しい驚きを体験していただけるにちがいない。


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