HOMEMagazineだから旨い 蕎麦屋のてんぷら > だから旨い、蕎麦屋のてんぷら、てんぷら屋のてんぷら/片山虎之介=文と写真

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真の蕎麦好きは、冬こそ蕎麦屋に通う

 冬は蕎麦のおいしい季節である。
 香り、味ともに優れた在来種のソバは、北海道などで栽培される夏ソバと比べて収穫時期が遅いため、北風が吹き始めてからが新蕎麦の時期になる。

 たとえば福井在来のソバの刈り入れは11月の中旬。本当においしい蕎麦は、冬にならなければ出てこないのだ。

tenp-1.jpg さて、色も香りも際立つ秋新のもり蕎麦を、胸弾ませていただいたあとは、温かい天ぷら蕎麦が食べたくなる。蕎麦好き、蕎麦通は、まず「もり蕎麦」とは言っても、天ぷらの魅力には抗い難い。特に寒い季節は、なおさらだ。


 落語に「一度でいいから蕎麦につゆを、たっぷりつけて食べたかった」と漏らす蕎麦通の噺があるが、「心ゆくまで、天ぷらが溶け出したつゆを、蕎麦にからめて食べたい」というのもまた、蕎麦好きの本音だろう。

 蕎麦屋の天ぷらは、天ぷら専門店の天ぷらとは、ひと味違った魅力がある。なぜ蕎麦屋の天ぷらはうまいのか。また、天ぷら屋の天ぷらと、どう違うのか。
 江戸の美味を代表する天ぷらの、「天ぷら屋の天ぷら」「蕎麦屋の天ぷら」、ふたつの正統について考察してみよう。

※ 店の詳細は、記事の後半で紹介しています。

長崎天ぷらは西洋から

kagetsu.jpg 天ぷらは、日本オリジナルの食べ物ではない。完成されたのは江戸においてだが、その原形は外国から渡来したものだといわれている。経路については諸説あるが、長崎に伝わる「長崎てんぷら」は、西洋から伝わった料理の原形をとどめるもの。
 大正8年(1580)から8年間、長崎はイエズス会領になっていた。この時期にポルトガルから伝えられたのが「長崎天ぷら」だといわれている。

daitokuzi.jpg また、天ぷらは、中国大陸から仏教とともに日本に伝えられたともいわれる。京都の禅宗の精進料理の中に、その原形を見ることができる。
 中国大陸や西欧から伝わった調理法が、日本人の味覚にあうような形で洗練され、完成されたのが現在の天ぷらだ。嘉永6年(1853)ころには「てんぷら屋は毎町各々三四あり」と記録に残るほど、江戸の庶民に人気の高い料理であった。
 
 
 
 

蕎麦屋の天ぷらは、つゆのたっぷり染みた衣が醍醐味

matsuya.jpg 蕎麦屋の天ぷらと一口にいっても、店により作り方、考え方は様々だ。ここでは江戸蕎麦伝統の技法を、『神田まつや』の天ぷらの作り方で見てみよう。

 天ぷら蕎麦の具を作る場合、衣をわざと厚くして、蕎麦つゆが染み込みやすく仕上げるのが、蕎麦屋の天ぷらの最も大きな特徴だ。
 てん種に衣をつけて油で揚げる際、溶いた小麦粉を箸でつつくようにしながら点々とつける。こうして衣の表面に、小さな衣の塊をつけることを「花を咲かせる」という

matsuou1.jpg 「てんもり」など、温かい蕎麦の上に乗せるのではなく、別の器に入れて添える天ぷらの場合、衣を薄く仕上げる店もある。東京・猿楽町で人気の蕎麦店『松翁(まつおう)』では、小麦粉を溶いた衣を、氷ですっぽり包みこんだボウルに入れて使用する。てん種につける小麦粉の温度は、揚げた天ぷらの衣の食感に影響する。この氷のボウルは『松翁』主人の工夫によるものだが、蕎麦屋の味と格を決定付ける技といえるだろう。

 店の技術を見るときに、たとえば鮨の場合、「玉子焼きを食べれば、店の格がわかる」とか、「小肌を食べれば、職人の腕がわかる」などというが、蕎麦屋の場合は、最も重要なのは蕎麦だが、天ぷらが上手にできる店は、おそらく蕎麦もおいしいことだろう。
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天ぷら専門店の天ぷらは、カリッと揚げる名人技

kondo.jpg 一方、天ぷら専門店の天ぷらは、衣が薄いことが身上だ。衣は薄くカリッと仕上げ、てん種はその持ち味を最大限引き出すよう、熱を加えすぎないタイミングで引き上げる。
 たとえば東京・銀座の『てんぷら近藤』など、一流の職人の揚げた天ぷらは、中心部が蒸されて透明感の残る状態で客に供される。油の温度は約200℃。しかし、その中にある食材の芯は45℃にとどめるのが、達人の腕の見せ所だ。

tenmo.jpg 名人が「はい、おまちどうさま」と、目の前の皿に置いた揚げたての海老の天ぷらを、即座に包丁でスパッと切断してみると、海老の身の中心部は、まだ熱が通りきらず、半生の状態で透明感を残している。それが見る間に、まわりから、スーッと白く変わっていく。この透明感が消えないうちに、即座に食べるのが、うまい天ぷらを味わうコツなのだ。
 蕎麦は、器に盛って出てきたら即座に食べなければならない「時間の食べ物」だが、天ぷらもまた、同じことがいえる。出たらすぐに味わう。それが、天ぷら名人の天ぷらを味わうには、忘れてはならない約束事である。

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 天ぷらは、冬の新蕎麦と合わせるということで、冬のものとして書いたが、もちろん冬以外の季節にも、天ぷらがおいしいことに変わりはない。
 春夏秋冬、それぞれの季節の旬の食材の味を生かしたまま、さっと揚げて味わうことができるのは、天ぷらの得意技だ。
 蕎麦と天ぷらは、相性がいい。
 おそらく蕎麦にとって、最も頼もしい相棒は、天ぷらだろう。油のおいしさは、蕎麦の味わいを、何倍にもしてくれる。
 冷たい蕎麦にもよし、温かい蕎麦にも、うってつけだ。
 ここに紹介した店を訪ねて、本物の味を堪能していただきたい。


「だから旨い 蕎麦屋のてんぷら、てんぷら屋のてんぷら」でお世話になったお店

●神田まつや
東京都千代田区神田須田町1-13
電話03-3251-1556
営業 11時から20時、土曜は19時まで
休み 日曜、祭日は不定休


●てんぷら近藤
東京都中央区銀座5-5-13 坂口ビル9階
電話03-5568-0923
営業 12時から14時、17時から21時 要予約
休み 日曜


●松翁
東京都千代田区猿楽町2-1-7
電話03-3291-3529
営業 11時30分から15時30分、17時から20時
   (土曜は11時30分から16時まで)
休み 日曜、祝日


●史跡料亭 花月
長崎県長崎市丸山町2-1
電話095-822-0191
営業 12時から15時、18時から22時 要予約
休み 不定休


●てん茂 (てんも)
東京都中央区日本橋本町4-1-3
電話03-3241-7035
営業 月曜から金曜12時から14時、17時から20時(LO)  土曜は19時(LO)まで
   土曜日の夜は前日までに要予約
休み 日曜、祝日、8月の土曜日


●大徳寺一久
京都市北区紫野大徳寺前
電話075-493-0019
営業 12時から18時 要予約
休み 不定休


●室町砂場
東京都中央区日本橋室町4-1-13
電話03-3241-4038
営業 11時30分から20時30分(LO)  土曜は15時30分(LO)まで
休み 日曜、祭日、第三土曜


●築地 さらしなの里
東京都中央区築地2-2-7
電話03-3541-7343
営業 11時30分から20時30分(月曜から金曜)、土曜14時30分まで
休み 日曜、祝日

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