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幸せを運ぶ「晦日そば」

写真と文 = 片山虎之介

 年末の帰省の列車が混雑しているというニュースを耳にすると、いつも、ちょっと甘酸っぱい懐かしさに胸が包まれ、仕事をしている手が止まります。
 子供のころに過ごした故郷の風景が、風が吹きすぎるときの肌ざわりや、闇の彼方から聞こえてくる除夜の鐘の響きと共に、目の前に浮かんでくるのです。
 また、年越し蕎麦の時期になりましたね。

 一年の締めくくりに、私たちは蕎麦を食べます。
 蕎麦ではなく、うどんを食べたり、地方によっては、蕎麦は元旦に食べるというところもありますが、一般的に年越しには蕎麦を食べる地域が多いようです。
 なぜ、年越し蕎麦の風習は、ここまで広まったのでしょうか。
 誰が最初に言い出して、それがどのように広まっていったのかと想像してみると、なかなか興味深いものがあります。

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 これほどまでに多くの人が年越し蕎麦を食べる理由として、まず第一に挙げられるのは、「蕎麦を食べると幸せになれる」という縁起に結びついている点だと思います。
 縁起とは「前触れ」のことです。つまり「蕎麦」は、「幸い」の前触れです。「蕎麦」を食べると、そのあとで「幸い」が訪れるのです。

 昔から、蕎麦は、人に幸せを運ぶ食べものだと、考えられてきました。
 我が国の歴史に初めて蕎麦が登場するのは、養老6年(722)年に発せられた元正(げんしょう)天皇の詔(みことのり)です。
 その内容は、今年の夏は雨が少なくて稲の実りが悪いので、蕎麦や大麦、小麦を植えて、飢饉に備えなさいということでした。
 つまり、蕎麦は初めて歴史に登場したそのときから、飢えに直面した人々を救済する役割を担った食べ物だったのです。
 蕎麦が人に幸福をもたらすという考え方を、多くの人が信じるのは、人々が困難に直面したとき、蕎麦が助けてくれたという出来事が、長い歴史の中で何度も繰り返されてきたからだと思います。
 
 蕎麦が飢饉に困窮する人々を救う切り札として、興味深い提案をしたのが、江戸後期の蘭学者、高野長英でした。
 蕎麦研究家であった新島繁さんによると、高野長英は、天保7年(1836)に著した「救荒二物考」の中で、播種してから約50日で熟して、一年に3回収穫できる早熟な蕎麦について詳しく記しているそうです。
 一年に3度収穫できるこの蕎麦を栽培して、備蓄しておけば、食料に余裕ができ、大きな飢饉になっても対応できる。この蕎麦は天下の宝であると書いているのです。
  
 高野長英が、これを書いのは、まさに天保の大飢饉の真っ最中でした。冷害や長雨などの異常気象が続いて作物が実らず、飢餓で村が全滅するような惨状が日本各地に広がっていました。
 荒れた大地に蕎麦の種を蒔いた人々は、どんな思いで、その成長を見守っていたことでしょう。
 これによって命を繋ぐことができた人も、少なからず、いたはずです。
 
 かろうじて飢饉を乗り越えた人々が、いつかまた蕎麦を食べたとき、蕎麦はまさに人に幸せを運んでくれる食べ物だと、心の底から思ったことでしょう。
 だから東北地方の古い農家の天井から、飢饉のときの非常用食料、非常用種子として、俵に詰めた江戸時代の蕎麦が発見されたりするのです。
 蕎麦は、人知の及ばない災害に見舞われたときの、一家の守り神ともいえる存在だったのです。蕎麦とは、ありがたいものだと、親は子に伝え、子は孫に伝えたに違いありません。
 このような、蕎麦と日本人との特殊な関係が根底にあって、蕎麦を食べると幸せになれるという考え方が、人々の心の中に根付いていったのではないでしょうか。
 一年の締めくくり、あるいは初めに、人々は幸せの象徴である蕎麦を食べながら、これまでの無事を感謝し、これからの年の幸福を願ったのです。
 年越し蕎麦の由来については、いろいろな説がありますが、以上が、いわば片山虎之介の説なのです。

 老舗の蕎麦店のご主人のお話では、つい最近まで、毎月、月末に、みんなで蕎麦を食べる習慣が、日本にはあったそうです。その名は「晦日(みそか)そば」と言いました。

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 毎月の最後の日を「晦日(みそか)」といいます。そして一年の最後の日が「大晦日(おおみそか)」です。この大晦日に「晦日そば」を食べる習慣だけが、年越し蕎麦として残り、毎月食べる「晦日そば」は、忘れられてしまったのです。
 蕎麦は、おいしいし、健康にも良いし、何よりも幸せの前触れです。
 こんなすばらしい食べ物を、年越しに食べるだけで終わらせてしまっては、もったいないですね。
 ぜひ、毎月の月末にも、"年越し蕎麦"ならぬ"月越し蕎麦"の「晦日そば」を召し上がってください。
 そして、毎月、幸せになりましょう。
 蕎麦は一年に12回、あなたに幸福を運んできてくれるに違いありません。


 なお、「年越しそば」については、また別の説として「運そば」説があります。
 片山は、小学館発行の雑誌「サライ」のサイト、「サライ.jp」にエッセイを連載しています。そこに「運そば」説についての解説も書きましたので、よろしかったら、ご覧ください。


「サライ.jp」にリンクします。
http://serai.jp/gourmet/soba/katayama/13951
 

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