在来種の蕎麦の、美味しさの秘密が、ここにあります
在来種のそばが、おいしい理由
福井の「あわら在来」「丸岡在来」を例にとって
写真と文・片山虎之介
在来種の蕎麦とは、その土地で昔からずっと作り続けられてきた蕎麦のことをいう。
つまり、品種改良されていない、昔ながらの蕎麦のことだ。
今では、在来種を栽培している地域は、日本中を探しても、とても少なくなってしまった。
唯一、福井県だけが在来種の蕎麦を大切にして、県をあげて作り続けてきた。
なぜ、福井県は、在来種の蕎麦にこだわったのか。
その理由は、この蕎麦がおいしいからだ。
在来種の蕎麦がおいしいのには、理由がある。
福井の人たちは、蕎麦好きだ。
なぜ、在来種の蕎麦がおいしいかという理由はわからなくても、食べてみれば、一発でわかる。
「福井の蕎麦は、おいしい」
自分たちで感じた、その事実だけを信じて、福井の人たちは、在来種の蕎麦を守ってきた。
その結果、宝物のような在来種を現代に残す「在来種そば王国・福井」が出現したのだ。
今や福井の在来種は、蕎麦の世界では怪物と呼んでいい。
質、量ともに管理され、圧倒的な規模で栽培されている。
日本では、外国から輸入された蕎麦が大量に消費され、蕎麦の世界を支えている。輸入の蕎麦がなければ、日本の蕎麦業界は立ちいかない状況にあるのが現実だ。
それと同じく、福井で生産される蕎麦は、質の面で、日本の蕎麦の世界を支えている。この蕎麦がなかったら、日本蕎麦のおいしさの水準は、維持できないだろう。
【在来種の蕎麦がおいしい理由】
蕎麦はなぜ品種改良するのだろう。
いろいろな目的があるが、収穫できる量を増やしたり、病害虫に強い品種を作ったり、大量に栽培して収穫する際の作業効率を良くする目的で、品種改良することが多い。
品種改良された蕎麦は、どの実も同じ個性を持つようになる。
播いた種は同じ時期に発芽し、同じ時期に花が咲き、同じ時期に熟して収穫適期をむかえる。
こうするとコンバインで一斉に刈り取る際、すべてが同じように熟しているので、効率良く収穫できるのだ。
播いた種は、早く発芽するものもあれば、遅く芽を出すものもある。草丈が高く伸びるものもあれば、背の低いものもある。早く実るものもあれば、ゆっくりと熟していき、他の実が黒く熟しても、まだ緑色のものもある。
こうした在来種の特徴を「雑駁(ざっぱく)」であるという言い方をする。
雑駁とは、様々なものが入り混じっている意味で、統一がとれていない状態を指す。在来種は雑駁であるという言い方をするとき、あまり良い意味では使われていないようだ。
実が熟す時期がバラバラだと、コンバインで収穫する際、未成熟な実が混ざるので収量が落ちる。
だから在来種は良くない、という論法になる。
しかし、食味の面からみたとき、私はこの「雑駁」の中にこそ、美味しさの秘密があると思っている。
たとえばコーラスを例にとって考えてみよう。合唱はソプラノ、アルト、テノール、バスなど、様々な個性が混在するから、厚みのある美しい和音が生まれる。これがバスだけの合唱になったら、ちょっと違った音楽になるだろう。
在来種の雑駁とは、この多彩な個性が混在している状態だといえる。昔から愛されてきた日本蕎麦の美味しさは、在来種の雑駁さの中にこそ隠されているのである。
福井では、県の全域で在来種の蕎麦を育てているので、すばらしい蕎麦が育つ多くの蕎麦産地がある。
いずれの産地にも特徴があり、甲乙つけがたいのだが、今回は、その中からふたつの産地をピックアップして紹介しよう。
ひとつは、「あわら在来」が育つ、あわら地区。
もうひとつは、蕎麦好きの皆さんにはおなじみの「丸岡在来」が育つ、丸岡地区だ。
どちらも福井県を代表する蕎麦産地だといえる。
【あわら在来の魅力】
東京から北陸新幹線に乗って金沢まで行き、そこで北陸本線に乗り換えて、約40分で芦原温泉駅に着く。ここが極上の蕎麦「あわら在来」が育つ、あわら地区だ。
なぜかというと、あわら在来は、あまりにおいしいため、地元の人たちが、みんな食べてしまうからだ。他の地域に出荷する量は、ほぼ、ないに等しい。
だから、あわら在来を味わいたいと思ったら、現在のところ、現地に足を運ぶしか方法がない。
「福井では、おいしい蕎麦は、地元の人たちが、みんな食べてしまう」ということが、都市伝説のように言われるが、それは間違いではない。
福井の蕎麦好きの人たちは、おいしい蕎麦を良く知っている。
おいしい蕎麦は、まず自分たちが食べて、余ったら他の地域に出してもいい・・と思っているのだが、結局、食べ尽くしてしまう。
独り占めしようとしているわけではないのだが、結果としてそうなる。だから、あわら在来は、まぼろしの蕎麦などと言われるのだ。
【あわらの名店の一軒、生そば 新保屋(きそば しんぼや)】
あわら市の市街地から、ちょっと外れた場所に、地元の人たちが足繁く通う蕎麦店『生そば 新保屋』がある。
母と娘、ふたりの女性が切り盛りする蕎麦店だ。
かつては、お母さんが蕎麦を打っていたが、今は娘さんが引き継いで、毎朝、蕎麦を打つ。
ここでは、福井の在来種の蕎麦を幅広く使っている。
季節により、蕎麦の状態により、厳選された蕎麦粉が、娘さんの手によって、美しい麺に姿を変える。
毎年、新蕎麦の時期になると、ほんのしばらくの間だけ、娘さんは新蕎麦の十割蕎麦を打つ。数量限定なので狙っていかないと食べることはできないが、これを楽しみに一年を過ごす蕎麦好きも多い。
新蕎麦の時期が近づくと、まだかまだかと催促されるという。
普段、味わえるのは、つなぎを入れた二八蕎麦だ。
蕎麦は十割でなくては、いけないわけではない。
生粉打ちの蕎麦(十割蕎麦)には、生粉打ちの良さがあるし、二八蕎麦には二八の魅力がある。
二八の場合、食感を楽しむという要素が強くなる。
おろし蕎麦として味わう際にも、舌や歯に当たる二八蕎麦の、絶妙の弾力を備えた食感は、ぴったりマッチする。思わず「うまい」と、つぶやきが漏れる。
もしも新蕎麦の時期に訪れて、幸運にも生粉打ちの蕎麦を味わうことができたなら、ぜひとも二八蕎麦も一緒に味わっていただきたい。
食べ比べてみると、それぞれの蕎麦の魅力が、はっきり記憶に刻み込まれることだろう。
●生そば 新保屋 (きそば しんぼや)
福井県あわら市二面16-1-27
営業 11時~18時
定休 水曜と毎月最終の日曜日
TEL 0776-78-5822
【あわら温泉は、福井の奥座敷】
あわらまで来たら、温泉に浸からずに帰るわけにはいかないだろう。
ここは、福井の中でも抜きん出て魅力的な、命の保養地だ。
一晩、泊まれば、十日は寿命がのびる気がする。
あわら温泉の老舗旅館『べにや』を紹介しよう。
『べにや』は、芦原温泉の中でも、洗練されたもてなしと美味の宿として知られている。
創業は明治17年、建物は国の有形文化財に指定されている。
『べにや』という屋号は、もともと北前船が運ぶ化粧用の「紅」を商っていたことに由来する。
温泉は源泉掛け流し。肌触りは柔らかく、それでいて湯上り後の保温効果が長く続くことに驚かされる。体の奥まで温泉の力が浸透し、活力が体内に満ちていくのを感じる。
料理は福井の海の幸、野の幸、山の幸の旬を選び、客室まで完全部屋食として運ばれる。
なんという贅沢。
非日常の豪奢と幸福感を満喫できる宿である。
●べにや
福井県あわら市温泉4丁目510番地
TEL 0776-77-2333
【丸岡在来の個性】
福井には、たくさんの優良な蕎麦を産出する産地がある。
丸岡在来、大野在来、今庄在来など、蕎麦好きの皆さんには、思わず生唾を飲み込みたくなる名前だろう。
いくつもある産地には、それぞれ特徴がある。
丸岡在来は、福井の在来の中でも、小粒なことで人気が高い。
それと生産者の意識が高いため、品質管理が徹底していて、風味の良い蕎麦が穫れる。
東京など、福井以外の町でも、丸岡在来を味わうことのできるチャンスは、かなりある。
蕎麦店の張り紙に、「本日の蕎麦=丸岡在来」という文字を見つけたら、何も考えずに、さっとのれんをくぐっていただきたい。
蕎麦を食べるのに、長い時間はいらない。
何はさておき丸岡在来を食べてから、次の仕事にかかるのが、蕎麦好きの常識というものだ。
福井で丸岡在来を味わうなら、『大宮亭』がおすすめだ。
丸岡在来を知り尽くした主人が、石臼を回して自家製粉している。
多彩なメニューが揃っている。
福井には、おろし蕎麦以外にも、こんなに幅広い蕎麦の食文化があったのかと、嬉しい驚きを体験していただけるにちがいない。
●大宮亭
福井県坂井市丸岡町里丸岡3-10
営業 11時~21時
定休 水曜
TEL 0776-66-8787