HOMEMagazine2012年蕎麦Web博覧会 > 「藪蕎麦」を知れば、蕎麦がわかる

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 「藪蕎麦」って、いい名前ですよね。
 枯淡な感じで、気取りがなくて、あか抜けている。いかにも蕎麦屋さんに相応しい名前ですね。それも、おいしい蕎麦屋さんの雰囲気です。

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『並木藪蕎麦』の看板

 古文書の世界をのぞいてみると、「藪蕎麦」は、江戸の昔から、おいしい蕎麦屋さんの代名詞だったようです。
 蕎麦の歴史の研究者として知られる新島繁さんの著書「蕎麦の事典」によると、「藪蕎麦」の名前は、江戸時代の中期に登場してくるといいます。
 現在の地名でいうと東京都豊島区になりますが、雑司ヶ谷、鬼子母神の近くに藪があり、その中に一軒の農家がありました。この家で食べさせてくれる蕎麦がうまいと評判で、雑司ヶ谷の名物になっていたそうです。
 「爺が蕎麦」とか「藪之内」などと呼ばれた、この店こそ、藪蕎麦の名前の元祖であると、新島さんは記しています。

 江戸の人々は、当時、店を屋号で呼ぶのとは別に、愛称で呼ぶことを好んだようです。この場合は、藪の中にあったから「藪之内」と呼んだのでしょう。
 その後、愛称で「藪」と呼ばれる、おいしい蕎麦屋がいくつか出現し、いつの間にか「藪蕎麦」というと、おいしい蕎麦屋というイメージができあがったようなのです。

 現在、「藪蕎麦」というと、まず、東京・神田淡路町の「かんだやぶそば」が挙げられます。ここが多くの「藪蕎麦」の本家です。

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かんだやぶそば


 「かんだやぶそば」の初代は、堀田七兵衛さんといいました。その三男の堀田勝三さんが創業したのが、浅草にある『並木藪蕎麦』です。
 この『並木藪蕎麦』から昭和29年に暖簾分けされたのが『池の端藪蕎麦』です。
 上野にある『上野藪そば』は、明治25年に藪蕎麦総本家の『連雀町藪蕎麦』(現在の「かんだやぶそば」)から暖簾分けされた店です。
 そして静岡県島田市にある『藪蕎麦 宮本』は、『池の端藪蕎麦』で修行して開いた店です。

 このほかにも各地に、たくさんの「藪蕎麦」がありますが、「かんだやぶそば」に繋がる店もあれば、そうではない店もあります。
 「藪蕎麦」という名前は、昔から、蕎麦好きにとっても、蕎麦屋さんにとっても、憧れに通じる響きを持っていました。
 北海道の小樽には『藪半』という老舗の蕎麦店がありますが、この屋号は「藪蕎麦の半分になりたい」という気持ちから付けたのだといいます。
 東京の「藪蕎麦」の人気の高さが、北海道の蕎麦屋さんにまで影響を及ぼしていたのです。

 なぜ、「藪蕎麦」は、それほど人気があるのでしょう。
 「藪蕎麦」には名店が何軒もあります。その中でも代表的な「藪蕎麦」の個性を、見ていきましょう。


藪蕎麦を語るならこの店から
『かんだやぶそば』

 まずは、本家の『かんだやぶそば』です。
この店の蕎麦は、緑色をしていることが特徴です。
 初代の堀田七兵衛さんが、蕎麦の風味が落ちる夏の時期に、見た目だけでも客に清涼感を楽しんでもらおうと、蕎麦の若芽を練り込んだのが始まりだそうです。現在はクロレラを練り込んで、この色を出しています。

 『かんだやぶそば』は、江戸時代に隆盛を極めた名店『蔦屋』の血を引き、その雰囲気を色濃く残している店です。『蔦屋』は「藪蕎麦」と呼ばれ、『かんだやぶそば』の原点となった店です。店に漂う優雅な雰囲気を楽しんでください。
 『かんだやぶそば』に入ったら、蕎麦のほかに「小田巻蒸し」も味わってみてください。明治のころから人気が高かったメニューです。

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せいろうそば

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小田巻蒸し


江戸の粋が蕎麦の形をなぞって残る
『並木藪蕎麦』

 初代、堀田勝三さんが志した、おいしい蕎麦を探求する求道心が、三代目に至っても、きちんと受け継がれている店です。
 この店を訪ねたら、まずは「ざるそば」を味わい、さらに何か、種ものを召し上がってください。
 初めて訪れ、ずらりと並んだ品書きを見て、種ものは何を頼もうかと迷ったら、「はなまき」をおすすめしましょう。蕎麦と浅草海苔というシンプルな組み合わせが、これほど豊かな世界を見せてくれるものなのかと驚かれることでしょう。
 「藪蕎麦」を名乗る店は、それぞれに個性がありますが、『並木藪蕎麦』は不要なものを徹底して捨て去ることで、逆に比類のない豊かさにたどり着こうとしているように見えます。そしてそれは、成功しているように思えるのです。

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ざるそば

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はなまき


江戸伝統の蕎麦打ちの技術を今に伝える店
『上野藪そば』

 明治25年の創業だというから、実に120年の歴史を持っていることになります。「藪蕎麦」の中でも、際立って古い暖簾を誇る店だということができるでしょう。
 さらに現代の東京の老舗で、手打ちを守っている店は、そう多くはありません。
 『上野藪そば』は、声高に個性を主張する店ではありませんが、しっかりした仕事をして、「藪蕎麦」の名前を支えています。江戸流の蕎麦打ちの技術を伝える名店だといえるでしょう。
 
 この店にも、多彩な種ものがあります。比較的柔軟に時代の好みを取り入れて、魅力的なメニューを用意しています。
 酒を飲み、蕎麦を手繰り、伝統の蕎麦屋の楽しみ方を堪能できる店です。

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理想の蕎麦の姿を追い求めた
『藪蕎麦 宮本』

 蕎麦とは本来、どういうものであったのかという問いに対して、宮本晨一郎さんの出した答えが、『藪蕎麦 宮本』で供している蕎麦の姿です。
 ソバを殻ごと石臼で手挽きして、ふるいで調製して作った蕎麦粉で蕎麦を打つ。その工程は、昔、農家などで行われていた蕎麦の作り方と同じように見えるのですが、出来上がってざるに盛られた蕎麦は、まったく別の食べ物になっています。
 どちらが上とか下とか、どちらが好みとか、そういう話ではなくて、とにかく別の食べ物なのです。それはもう、仕方がないとしか言いようがありません。
 宮本さんが作る蕎麦は、のどごしと味と香りが一体になって、麺線を形作っています。その、どれかひとつが欠けても、宮本さんの蕎麦にはなりません。蕎麦のおいしさは勿論ですが、何より、このクオリティーを維持する宮本さんの精神力の強さに、圧倒されます。
 そして、つゆの完成度の高さは、蕎麦以上と言っていいかもしれません。『藪蕎麦 宮本』の辛汁は、普通のつゆと、さらに濃い江戸つゆがあります。さらに天抜き用のつゆは、また別に作っているのです。
 すべてが蕎麦を生かすための仕事です。『藪蕎麦 宮本』の暖簾をくぐれば、蕎麦を研ぎ澄ましていくと、行き着くところは、ここなのだという、ひとつのゴールを知ることができるでしょう。

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手挽きそば

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天ぬき
藪蕎麦 宮本

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●藪蕎麦については、片山虎之介の著書『蕎麦屋の常識、非常識』(朝日新聞出版)に、詳しく書いてあります。