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(上の写真)
『眠庵』の徳島在来を使った生粉打ちの「もりそば」840円

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『眠庵』
東京都千代田区神田須田町1-16-4
TEL.03-3251-5300

「十割蕎麦」と「田舎蕎麦」は
どう違うのでしょう

 「十割蕎麦」と混同しやすい言葉に「田舎蕎麦」があります。このふたつは、同じような意味として解釈されることが多いようです。「田舎蕎麦」の概念は、太くて黒い蕎麦というイメージですが、「十割蕎麦」にも、同じような印象がつきまといます。
 しかし「十割蕎麦」と「田舎蕎麦」という言葉は、まったく別の意味を持っているのです。

 十割蕎麦は、それを作る蕎麦職人の技術や考え方により、細い場合もあれば、太いものもあります。また、甘皮まで挽き込んだ全粒粉で打った色の濃い蕎麦もあれば、ソバの実の中心部の粉で打った白い蕎麦もあります。さらに粗挽きの粉で打ったものもあれば、細かく挽いた蕎麦粉を使ったものもあります。そのどれもが、つなぎを使わずに打っていれば、十割蕎麦なのです。「十割蕎麦」イコール、黒くて、太くて、短い蕎麦ということではありません。

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 この「十割蕎麦」とか「二八蕎麦」という言葉が、蕎麦粉とつなぎの混合比率を表す言葉であるのに対し、「田舎蕎麦」とは、大雑把に蕎麦のイメージを表す言葉なのです。そこには、混合比率を表す言葉のような、厳密な定義は何もありません。
 細くて、白くて、長くつながっているのが都会風の蕎麦だという考え方が一部にあり、それに対して、太くて、黒くて、短いのが「田舎蕎麦」という言い方をされます。
 田舎蕎麦の混合比率は、二八でなければならないとか、十割に限るなどの決まりは何もありません。

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会津の2種類の郷土蕎麦。手前が甘皮まで挽きこんだ全粒粉を使った生粉打ちの蕎麦。奥は一番粉で打った色の白い蕎麦。それぞれ、色、風味、食感に、はっきりした違いがある。手前は会津若松市『桐屋』の「会津頑固そば」1,500円、奥は「飯豊権現そば」1,500円 『桐屋 権現亭』 福島県会津若松市上町2-34 TEL.0242-25-3851

 白くて、細くて、長い蕎麦が都会の蕎麦というイメージがありますが、本当にそうなのでしょうか。
 先ほど、会津の蕎麦についてお話ししましたが、会津は福島県の一地域で、ここはやはり田舎に分類される土地だと思います。会津の蕎麦は、一番粉を使った白い蕎麦で、細く、長くつながっています。会津は田舎ですが、この地の郷土蕎麦は、先ほどの分類からいくと、「田舎蕎麦」とは呼べないことになってしまいます。

 そして、東京の蕎麦は細いものという考え方にも、やはり例外があります。江戸蕎麦の老舗、『神田まつや』には、酒でこねて打つ太い蕎麦が伝わっています。これは太いからといって田舎蕎麦とは呼べないでしょう。

 ですから「田舎蕎麦」とは、極めてあいまいな、イメージだけの言葉なのです。ある人が「僕は田舎蕎麦が好きなんです」と言ったとしても、その人がどのような蕎麦を指して「田舎蕎麦」と言ったのかは、さらに詳しく話を聞いてみないとわからないのです。

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太い蕎麦に大根おろしと蕎麦つゆをかけて味わう、福井の郷土蕎麦「越前おろしそば」。『そば蔵谷川』では、生粉打ちした太い蕎麦を供する。「おろしそば」650円

細い蕎麦と太い蕎麦
それぞれに理由があります

 十割蕎麦が美味しい理由。それは蕎麦粉の美味しさを、混じりけのない状態で味わうことができるからです。
 ですから、美味しい十割蕎麦を作るためには、良質の美味しい蕎麦粉を使うことが重要なのです。質の良くない蕎麦粉で打つ十割蕎麦は、それなりの味にしかなりません。
 十割蕎麦の味の良し悪しは、蕎麦粉の質で決まるとさえ言うことができます。

 日本各地の蕎麦切りの太さを比べると、ソバの名産地の郷土蕎麦は、麺が太くなる傾向にあるようです。太い蕎麦を噛んで食べると、蕎麦粉の美味しさを十分に楽しむことができます。だから、蕎麦粉の美味しい地方では、自然に太い蕎麦を食べるようになってきたのでしょう。

 では、太い蕎麦ならすべて、噛むと美味しく食べられるのかというと、そういうことではありません。
 まず蕎麦粉そのものが美味しくて、噛んで食べるのにちょうど良い太さ、軟らかさに仕上げられていることが重要です。噛んで美味しい十割蕎麦というものは、相当に腕が良くて、蕎麦のことを知り抜いた人でないと打つことはできません。
 茹でる際、太い蕎麦の芯まで適切に熱を通し、なおかつ軟らかさやコシなど、麺の状態をコントロールする。これは、とても難しいことなのです。細い蕎麦を打つほうが高度な技術を要するという考え方は、正確ではありません。
 本当に上手な蕎麦職人とは、最も美味しい太さに蕎麦を切ることができる人のことだともいえます。最適な太さとは、蕎麦の個性により、細い場合もあれば、太い場合もあるのです。

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『そば蔵谷川』
福井県越前市深草2-9-28
TEL.0778-23-5001

 江戸時代に書かれた『蕎麦全書』にも、蕎麦の太さの問題が記されています。この本の著者は日新舎友蕎子(にっしんしゃ・ゆうきょうし)という人物ですが、以下のように書いています。

 このごろは、至極 細切りの蕎麦を良しとする風潮があるが、そういう人は、真の蕎麦好きとは言えない。また、極太の蕎麦を好む人もいるが、いずれも本当の蕎麦ではない。蕎麦には細すぎず、太すぎず、自然な蕎麦の太さというものがある。(概略)

 現代とまったく同じように、江戸の時代から、蕎麦の太さが蕎麦好きの人たちの議論のテーマになっていたことがわかります。

 十割蕎麦の美味しさとは、どういう点にあるのかを考えてみましょう。
 まず、蕎麦の味や香りが濃厚であること。
 そして歯ぬかりせずに、潔く切れる食感も魅力です。
 さらに細かく挽いた蕎麦粉で打った十割蕎麦は、その味が長く口中にとどまり、余韻を楽しむことができます。
 加えて十割だと蕎麦粉の微妙な味が感じとれるので、ソバの実の産地による味の違いも楽しむことができるでしょう。

 十割蕎麦は、このようにデリケートなものなので、蕎麦を打つ人は、とても気を遣います。
 蕎麦店で注文した十割蕎麦が運ばれてきたら、とにかく急いで召し上がってください。
お隣りの方の分がまだこないからなどと、遠慮していてはいけません。みんなに揃うのを待っていたら、生粉打ちの蕎麦は、のびてしまいます。
「それじゃ失礼して、のびないうち、お先にいただきます」と断って、味わってください。
 ブログ用の写真撮影も要注意です。蕎麦が運ばれてくる前に、撮影の準備を完全にととのえておいて、蕎麦がきたら、すかさず撮って、蕎麦をいただいてください。運ばれてきた蕎麦は秒単位で、食感、風味が変わっていきます。
 なんとせわしないと思われるかもしれませんが、蕎麦の美味しさとはそれほどに、繊細で、はかないものなのです。

 冷たい十割蕎麦はこのように、すぐにのびてしまいますが、腕の良い蕎麦職人の中には、温かい蕎麦も、十割蕎麦で供する人がいます。
 熱い汁の中に蕎麦を入れると、冷たい蕎麦以上に早くのびてしまいます。ですから、こちらも急いで味わってください。美味しい蕎麦ほど、その美味しさは消えやすいもの。蕎麦職人が精魂傾けて仕上げた瞬間の芸術を、ちゃんと受け止めることができたなら、そこにはきっと感動が待っているはずです。

美味しい十割蕎麦を打つには
コツがあります

 同じ産地のソバから製粉した蕎麦粉を使っても、美味しい十割蕎麦を打てる人と、ちょっと残念だなあという蕎麦になってしまう人がいます。いったい、どこが違うのでしょう。
 十割蕎麦を美味しく作る方法は、いろいろありますが、基本的に知っておきたいことがあります。
 それは蕎麦の打ち方によって、蕎麦の風味、食感は大きく変わるということです。
 同じ蕎麦粉を使って、同じ道具を使って打っても、打ち方が変われば、蕎麦も変わってしまうのです。

 十割蕎麦を打つのに適した方法、それは郷土蕎麦に見られる「一本棒、丸延し」と呼ばれる打ち方です。地方の蕎麦処に行くと、地元の蕎麦打ち名人が、太い麺棒を一本だけ使って蕎麦を打ちます。丸く延した蕎麦の生地を、麺棒に巻き付け、それを蕎麦打ち台に「トントン ! 」と打ち付けて、生地を大きく薄く広げていくのです。
_DSC9596.jpg こうすると太い麺棒に巻いた状態で生地を延すため、幅広い面積に圧力がかかることになります。ですから蕎麦生地の一部分だけを圧迫することがなく、蕎麦にかかるストレスが抑えられるのです。
 その結果、つながりにくい蕎麦粉も、ふわりと優しくつながり、蕎麦粉の風味も生かされて、なおかつコシがあるという、美味しい十割蕎麦になるのです。

 十割蕎麦を打つ秘訣は、生地になるべくストレスを与えないようにして、優しく扱うこと。水回しも、捏ねも、延しも、優しくていねいにして初めて、蕎麦の美味しさは引き出されます。
 「一本棒、丸延し」の技法は、もともと、つなぎを使わない郷土蕎麦の打ち方です。ですから、この技法には、十割蕎麦を打つための様々な工夫やコツが内包されているのです。

 「一本棒、丸延し」は、地方の郷土蕎麦では広く行われていたのですが、近年、だんだん見られなくなってきました。しかし、とても優れた打ち方なので、失われつつある、この技法を守ろうと、「日本蕎麦保存会」が「日本蕎麦 伝統技能保持者」段位認定制度を始めました。これは「一本棒、丸延し」の打ち方をする人たちの技術を評価して、初段、2段という段位を認定する制度です。
 美味しい十割蕎麦を打つことに適した「一本棒、丸延し」の技術は、「日本蕎麦 伝統技能保持者」段位認定会で学ぶことができます。
 十割蕎麦を打つ達人になりたい方は、『そばログ』をご覧ください。
 

(下の写真)『そば蔵谷川』の「もりそば 手挽き太打ち」900円 DSC9661.jpg