HOMEMagazine奥出雲に在来種「横田小そば」 > 奥出雲に在来種が蘇った

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一日15食限定という「野の香」(ののか)。つなぎを一切使わない、横田小そばだけの生粉打ちだ。『一風庵』のメニューの最高峰。

島根県の奥出雲には、神話の時代にまで
遡る、蕎麦と人との歴史がある。

 蕎麦の美味い地域には多くの場合、未完成のジグソーパズルが用意されていて、そこに「蕎麦」というピースをはめ込むと、ピッタリ収まって、完璧な絵が完成するものらしい。
 ここ奥出雲町の小八川(こやかわ)地区も、そうしたソバ名産地のひとつ。どうしてもソバでなくてはならない理由が、この土地にはあった。

 山深い奥出雲町は、日本神話の舞台となった土地だ。スサノオノミコトが高天原を追放されて、降り立ったのが、出雲国の鳥髪(とりかみ=現在の奥出雲町鳥上)の地。ここでスサノオノミコトはヤマタノオロチを退治するが、その尾から一口(ひとふり)の剣が出てくる。これが後に草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とも呼ばれる、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)だ。

 昔から奥出雲は良質な砂鉄の産地であり、「たたら」と呼ばれる初期の製鉄が6世紀ごろには行われていたと考えられている。この鉄で、当時の最新兵器、剣が作られたのだ。

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黒い殻がわずかにブレンドされているあたりが、出雲蕎麦の特徴だ。野趣に富んだ味が楽しめる。

 たたら製鉄で砂鉄を集める方法は、鉄穴流し(かんなながし)と呼ばれ、山を切り崩し、その土を川に流して砂鉄を選別するという荒っぽいものだった。当然のことながら、川に流されたおびただしい量の土砂は下流に堆積して、農業生産に被害を及ぼした。
 大規模な自然破壊が何百年にも渡って続けられたわけだが、この切り崩された山の斜面に火を放って焼き畑が行われ、ソバが栽培されたのだという。

 奥出雲は谷が多い入り組んだ地形で、「谷風」と呼ばれる冷涼な風が吹くため、昼夜の気温差が大きい。土壌は水はけが良く、美味いソバが育つ条件は揃っていた。
 特に小八川地域で穫れるソバは風味が良いと評価が高く、江戸時代には松江藩が江戸幕府に納める献上蕎麦に、小八川産のソバが使われていた。当時のソバは、もちろん在来種。谷が多い奥出雲には、谷ごとに個性の異なる在来種の系統が数多く栽培されていた。

 さて、時は流れて平成の時代。

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奥出雲の山間部に今も残る、たたら製鉄の、鉄穴流しの遺構。

 同じ面積の畑から、より多くの量のソバを収穫する目的で、ある時期から奥出雲にも大粒のソバが導入され、昔からこの地で育てられてきた小粒の在来種は、ほとんど絶滅に近い状態にあった。
 ここで奥出雲町の蕎麦店『一風庵』主人、島 啓司さん(60歳)に、当時の話を聞こう。蕎麦店を創業して、今年で7年目。それ以前は、ソバを生産する立場、JAで役員をしていた人だ。ソバのことは知り尽くしている。
「奥出雲のソバの生産者は最近まで、農協が斡旋して、もっと大粒のソバを栽培していました。でも子供のころに食べた昔の蕎麦のほうが美味しかったという記憶があったんです。そこで平成14年ごろ、まだわずかに残っていた在来種を、そのころ栽培していたソバと食べ比べてみました。するとはっきり味が違うんです。昔ながらの在来種のほうが、やっぱり美味しい。香りが強くて、甘みがあって、蕎麦を打つときの粘りもまるで違うんです。それで、これは横田小そばという名前を付けて、しっかり守らなくちゃいかんぞという話になって、在来種を復活させる活動が始まったんです」

 それ以降の経緯について、奥出雲町役場の高橋千昭さんは、こう語る。
「平成15年に、島根県の農業技術センターに保存されていた在来種の種を3kgほど、奥出雲町にいただきました。それを種子として栽培農家に配れるように、まず種をとるための圃場を設けて増やしたのです。平成16年に播いて、収穫したものを、また翌年播いて、平成18年にようやく300kgほどの種子が穫れました。それを平成19年に、初めて農家に供給したんです。面積にして約5ヘクタール分。横田小そばの復活は、たくさんの人がかかわって、3年の歳月がかかりました」
 その甲斐あって、今、地元のソバを供する奥出雲町の蕎麦店には、休日ともなれば長い行列ができる。「横田小そば」が美味いことを知って、ここに通う常連も多い。「昔の蕎麦はうまかった」と、過去形で語る人は、もはやこの町にはいない。

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奥出雲のソバ畑。在来種は、栽培に少し時間が余分にかかり、刈り入れの時期も遅いため、霜や雪の被害にあう危険性が高い。播種時期の決定など、扱いの難しい作物だ。

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今も蕎麦打ちをする、小八川の蕎麦打ち名人、高橋シゲノさん。89歳。昔はつなぎに山芋を使ったものだという。右の写真は、代々、高橋さんの家に伝わる、蕎麦用の朱塗りの椀。中の小皿に薬味を入れる。

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一風庵
島根県仁多郡奥出雲町下横田89番地2
TEL:FAX 0854-52-9870
営業時間:11:00-16:00
定休:木曜日