HOMEMagazine十割蕎麦のすすめ > 自家製粉は、何のためにするのでしょう

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京都『じん六』の、各地の蕎麦の様々な味わいが楽しめる「そば三昧」1,250円 京都府京都市北区上賀茂桜井町67 075-711-6494

理想の蕎麦粉を入手する方法

写真と文 = 片山虎之介

 美味しい十割蕎麦を作るのに不可欠な、良質の蕎麦粉は、どのようにしたら入手できるのでしょうか。
 蕎麦の美味しさで人気を集めている、手打ち蕎麦屋さんの例を見てみましょう。
 京都に『じん六』という蕎麦屋さんがあります。店主・杉林隆行さんは、忙しい時間をやりくりしては、日本各地のソバの生産地に足を運んでいます。
 杉林さんは自分の目で畑を見て、生産者とコミュニケーションをとります。ソバを栽培する農家の方に、「来年はこれこれ、こういうふうに、ソバを栽培していただけませんか」と、お願いすることもあります。
 ソバは畑で味が決まるといえるほど、どのように栽培したかが、その品質に決定的な影響を与えます。ここまでして初めて、杉林さんは自分が理想と考える良質の玄蕎麦を手に入れることができるのです。良いソバを手に入れるということは、それほどに難しいことなのです。

手打ち蕎麦屋さんが、自家製粉する理由

 せっかく入手した極上のソバの実。これを蕎麦に打つには、まず粉の状態に製粉する必要があります。
 どのような粉に挽くのか。
 ここが重要です。
 材料の蕎麦粉の状態により、打った蕎麦は変わります。蕎麦職人が「こういう蕎麦を打ちたい」と思う蕎麦があるなら、そういう蕎麦が打てるような蕎麦粉にしなければならないのです。どんなふうでも、とにかく粉になってさえいればいいというものではないのです。
 ある形に製粉された蕎麦粉で打つと、ほぼ決まった形の蕎麦ができます。それとは違った蕎麦を打ちたいと思ったら、製粉段階にまで遡って、別の粉に挽かなければならないのです。だから、熱心な蕎麦職人は、自家製粉して、自分の思うような蕎麦粉を作ろうと努力するのです。

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『玄蕎麦 野中』では、手挽きの石臼を使って妙高の「こそば」を製粉する。

 とはいっても、製粉はとても難しい仕事で、石臼を購入すればすぐにできるというようなものではありません。目立てなどの技術に関する情報も少なく、多くの人が失敗を積み重ね、手探りで自分なりの製粉の技法を組み立てていきます。

 問題は技術面だけにとどまりません。自分で全部処理しようと思ったら、石臼だけではなく、ソバを加工処理する様々な設備を揃える必要が出てきます。
 ソバを低温で保存する保冷庫を作るのにも多額のお金がかかりますし、それらの設備を設置するスペースも必要になります。
 おそらく専門の製粉屋さんから蕎麦粉を購入して、届けてもらったほうが、苦労も費用も少なくてすむことでしょう。
 それでも毎日、手打ち蕎麦屋さんが汗を流し、石臼を手回しして自家製粉に励むのは、それなりの理由があるのです。

 蕎麦屋さんがこのようにして積み重ねた苦心の結果が、一枚の十割蕎麦となって食膳に運ばれてきます。客は、この一枚の蕎麦を通して、蕎麦を打った人の生き方に触れることになるのです。
 すべての妥協を拒絶して精進した蕎麦職人が届けようとしている、祈りにも似た思いを、心を澄ませてどうぞ受け止めてください。
 一枚の蕎麦を通したこのコミュニケーションこそが、十割蕎麦の世界に足を踏み入れた人だけに贈られる、最もすばらしいプレゼントなのです。

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東京・練馬『玄蕎麦 野中』の「蟻巣の田舎そば」。「蟻巣」とは、小さな穴がたくさん空いた石の名前。石臼に最適といわれている。蟻巣石の石臼を使った蕎麦なので、このように名付けた。一日10食限定、水曜、金曜、日曜日のみ供される。1050円。
『玄蕎麦 野中』
東京都練馬区中村2-5-11
03-3577-6767