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 中欧のそばの国・スロベニアに8月下旬に8日間、「そばの旅」を試みた。そばは数千ヘクタールの小面積の国のようだが、国民はそばを食材に、調理術をこらしてパスタ、パン、クッキーと、加工・調理を多彩に展開、身近にクッキングを謳歌していた。小国家がひしめき合い緊張感の日常だろうと想像していたが、意外にものんびりと自由な空気が感じられた。何百年かけてサバイバルの知恵が身についているのだろうか。

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 旅のきっかけは第十二回国際蕎麦シンポジウムへの参加だった。同国中央部のラーシュコという田舎町で、一週間同じホテルに泊まり込み、そば生産国の大学や農事試験場技術陣が研究発表し、新品種の紹介、討議が続いた。後半三日間はそば畑見学、国内観光などに費やした。この長い日程の組み方はスロベニア流のマイペースのようだ。各国から100人近くが参加。うち日本勢は30人。私らは食品業界、食文化メディアからウォッチングという立場。三年ごとに各国持ち回りで開かれている。日本勢は前回のロシア・オリョール市の時よりも10人ほど少ない。私はその前の西安を含めて三回目となった。

   欧州文化の交差路 親西側寄りでEUに率先加盟 

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スロベニアのパスタ調理を実演(撮影=森田尚文)

 スロベニアはヨーロッパの中央にあり、欧州の主要な文化や交易の交差路でもある。2万平方キロは日本の四国ほどの面積。人口205万人は、札幌市より少し多い。西端がアドリア海に接している。つまりイタリア半島の付け根にある大陸側であり、アドリア海の海風も受け、陸路が網の目状に広がっている。水道水はナマで飲める。ナポレオンやモスクワに支配された時もあったが、国民の六割弱はローマカトリック。ユダヤ人がヒットラーに痛めつけられた暗い歴史はなく、第二次大戦中もソ連と距離を置き、西側寄りのスタンスを保ってきた。2004年にいち早くEUに加盟できたのもそうした目配りの有利さともいわれる。前回のロシア・オリョール市のような内向きの空気とは天地の差だ。開催事務局はとにかく世話好きである。アルプス山麓の山国であり、冬季スポーツが盛ん。大柄な体格の人が多い。

 単一農作物で国際的に交流を重ねる例は、農業分野では珍しいらしい。日本のほか中国、韓国、ロシア、チェコ、ポーランド、スペイン、イタリア、インドなどが参加した。健康食、食糧自給という時代の要請か、中国は30人の大軍団が乗り込んできた。

 日本勢は研究に対する信頼度から、これまで運営の流れをリードしてきた。今回も大西近江氏(京大名誉教授)は別格扱いされ、気鋭の鈴木達郎氏(北海道農研センター)も注目された。大西氏は中国雲南省の山間部に長年通い続け、そばの原産地はこのあたりと特定し、それが国際的にオーソライズされている。発見の労に報いて基調講演の機会が与えられた。そばは雲南省から発しバイカル湖やシルクロードに伝播して行った、という見かたでおさまっている。
 名著「そば学大全」(平凡社新書)の著者・俣野敏子氏(信州大学名誉教授)も、昨秋のブータン行きはあきらめたが、今回は健脚ぶりを見せていた。また、大西先生は、講演に先だちミャンマー国の麻薬撲滅・そば栽培に尽力した氏原暉男氏(今夏逝去)に哀悼の意を表した。 

  日本発の満天きらりに関心、肥満・糖尿へ切り札か

 鈴木氏は苦そばの満天きらりという新品種を開発した若手の中心的存在。苦味の出方を抑制し、他の苦そばより苦くない利点がある。この新品種は知的財産権が設定され、日本の"虎の子"である。北農研の森下敏和氏は「中国が満天きらりを、知財権をクリアーせずに栽培するようなことがあれば、困る」と語っていた。中国ではダッタンそばの畑が40万haもあり、最近は、糖尿病罹患率が米国を抜いて11.6%になった(2010年)。そこでそばをロシア、日本に輸出するよりも、自国民で食べようという考えに変わっているといわれる。それが30人の大軍団の繰り出しだ。

 討議のコーヒータイムに、隣室のホールでパンやクッキー、パスタなどが試食に供された。また調理も実演された。そば粉を使うほか、種子、オリーブ油、ごま油などが加わり、風味を出す知恵が随所に感じられた。パン、クッキーもおもちゃのように、可愛いい要素がある。カーシャ(粒食)の消費量は相当高いといわれる。

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そば畑。北海道の夏そばとほぼ同時期の推移か

 三日目と四日目に会場を抜け出て、スロベニア国内を900キロもドライブした。レンタカーの運転は国際免許を持ち米国に一年いた森田尚文先生(日本穀物科学研究会会長)。萩原正人氏(長野県佐久市、手挽きそば・磊庵)と渡辺が黒いオペルに便乗した。これは予期せぬすばらしい体験だった。右側走行、左ハンドル、路幅が狭くて対向車に緊張感を伴った。信号交差でなくロータリーを回る方式が多い。道順はサイクリストに聞くのが手っ取り早い方法だった。彼らは路順を熟知していた。小面積で点在するそば畑。田舎の教会、果樹園の働く人の姿に親しみを覚えたが、英語が全然通じずだめ。首都リュブリヤーナは小京都、小パリともいうべき洒落た都会の雰囲気。建物デザインに感覚が鋭く、色彩もなるべくドギツさを避けて中間色を多用しているという。逆に列車の外壁は落書きをやらせ放題。グラフィックの出版活動が盛んだという。

 料理の話。ホテルの料理は、判で押したように同じメニューの繰り返しであり、野菜、パン、ハム、チーズといった定番。これを「飽きがこない」との好感の声も。その理由は、薄めがちの味が一因か。しかし豚肉をローラーをかけたように薄く押さえ、美味というより、蛋白質補給のためという実用主義優先の感じ。やや退屈でもある。後でリュブリヤナ(首都)の人気食堂でも全く同じ食感だったので、これが日常的な食材であると納得した。

 トマト、りんごなどは玉が矮小で芯が白くガジガジ。日本の果物は芸術的とよく言われるが、葉野菜もバリバリしていて素朴な印象である。じゃあ日本の果実を持ち込んだらと頭をかすめるが、それは無意味だ、5年も経てば誰も買わなくなる、と誰かがつぶやいた。この味で満足しているのだ。食文化とは簡単に変わらない。農地は山岳の傾斜地が多く、小麦、とうもろこしなどが目立つ。輸入農産物に頼る面もあるという。

  切り麺の縛りを脱し、そばの実加工に可能性に期待
 
 研究発表では、ダッタンそば関連のが目立った。池田清和氏(神戸学院大教授)によると、03年ごろ、ダッタンそばの利用が世界的にブームとなり、いままた再興の高まりだという。とりわけドイツ、ベルギー、ルクセンブルグの三国が300年の歴史を持ち、日本にも数年前視察に来た。ルチン、ケルセチンの機能性に注目が集まっている。

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シンポ会場。女子学生の余興演奏で一息

 それに比べて日本のそば食文化は、そば屋で切り麺というパターンが、江戸時代から定着している。そのことがそばの多様な消費展開を縛り、調理の幅を狭めている。もしそばが消費を多彩にと展開すれば、消費が増え、価格も下がるだろう。そば食材の販売に長年携わってきた稲沢敏行氏(東京北区イナサワ商店)は、「今後の日本はそばの実の料理にかかっている」と、方向を見定めている。次回(16年)は韓国ソウルで開催と決まった。会場で、大阪府立園芸高校の二人の生徒が、研究活動を発表した。日本のそばの歴史に注目をーという趣旨。機会を逃さずという担当教官の着想が素晴らしい。若者の個性をどこで発揮させるかのチャンスといえる。また地元の女子学生が管弦楽四重奏を弾いて、討議のムードを和らげていた。

(渡辺克己/そば研究家)


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世界からシンポ参加者が一堂に


 中日の一日、日本蕎麦協会の鵜飼良平会長ら一行18人が、同じ町内の祭り会場で、手打ちそばを打って、祭典に花を添え、カメラのシャッターを浴びていた。200食をパックに盛って、村人に供した。こういう海外遠征の行動を定期的に実行しているという。同じ宿で一泊し、翌日次の旅へと移って行った。


(参考情報)
スロベニアの在東京大使館作成のインターネット「スロベニア」は、スロベニア料理の紹介をカラー画面で展開していて、一見に値する。