写真と文 片山虎之介
沖縄、恩納村の「ルネッサンスリゾート オキナワ」は、沖縄海洋国定公園の地域内にあるホテル。整備されたプライベートビーチを持ち、快適な時間を過ごすことができる。
写真=ルネッサンスリゾート オキナワの階上よりビーチを見下ろす。
蕎麦の歴史がなかった沖縄に
前代未聞の蕎麦が生まれた。
沖縄に住む蕎麦好きの友人から、一本の電話を受けた。
「虎さん、沖縄にとっても美味しい蕎麦があるのよ、知ってる?」
なんでもそれは、南国の月桃(げっとう)という植物を練り込んだ蕎麦で、味もすばらしく、色も盛りつけも美しいのだという。
沖縄のそばといえば、普通はソーキそばのことだ。
ソーキそばとは、沖縄名物のひとつで、小麦粉で作られたラーメンのような食品。
「沖縄のそばって、ソーキそばじゃないよね」
確認する僕に「そう、蕎麦粉を使った日本蕎麦」
友人は力強く答えた。
そんな話を聞くと、じっとしてはいられない。
台風が来ていないことを確認し、翌日、沖縄に飛んだ。
那覇市の『美濃作』で、月桃蕎麦を味わって、驚いた。
南国の涼風が口の中を吹き抜けていく。
日本中探しても、このような蕎麦は他に例がない。そして確かにおいしい。蕎麦とつゆ、バランスのとれた見事な組み合わせであった。
沖縄でソバは栽培できない、というのが常識だった。
日本蕎麦の食文化がなかった土地に、なぜこのような蕎麦が誕生したのだろう。
月桃蕎麦は常識で考えると、生まれるはずのない蕎麦なのである。
月桃蕎麦を生み出したのは『美濃作』主人、小山 健さんである、と書きたいところだが、小山さんは首を横に振る。
「私ひとりで作ったものではありません。サン食品の土肥健一社長や、私を支えてくれた妻、それに義兄など、何人もの人の助けがあって初めてできたものなんです」
小山さんは福島県の生まれ。昭和42年に、まだ日本に復帰する前の沖縄に、日本料理の指導をする仕事で渡った。だが、沖縄が日本に返還されると、小山さんに、あたたかい援助の手をさしのべてくれたのが、沖縄の人たちだった。
月桃蕎麦は、その友情の結晶ともいえるものなのだ。
月桃は沖縄の人々の生活を
豊かにしてくれる植物
芭蕉に似た大きな葉を持つ植物「月桃」は、沖縄では暮らしの中で様々に利用される。沖縄の餅「ムーチー」を月桃の葉で包んで蒸すと、良い香りが移り、おいしく食べられる。防虫効果もあり、新築の家の床下に敷くと害虫がこない。沖縄の人々にとってなくてはならない植物なのである。
月桃の、いかにも南国の植物らしい芳香が小山さんは好きだった。なんとかこの香りを蕎麦に移せないものかと考え、土肥社長にも協力を要請し、試行錯誤を繰り返した。土肥社長が作り出した月桃の粉末を、小山さんが蕎麦に打ち込み、ここ以外世界のどこにもない月桃蕎麦が完成したのである。
月桃蕎麦をいただくと、ヨモギに似た強い香りが口いっぱいに広がる。細い麺に歯を当てると、更科蕎麦ならではの弾力が、かすかに歯を押し返す。溜まり醤油を加えて作った力のあるつゆは、蕎麦の個性をしっかりと受け止めて揺るぎない。魅力にあふれた蕎麦である。
たとえ小山さんがいつの日か引退しても、誰かが代わって作り続けていくことだろう。この蕎麦が沖縄からなくなることはたぶんない。
小山さんが打つ月桃蕎麦は、沖縄の伝説になることが、すでに約束された蕎麦なのである。
名代蕎麦処 美濃作
ホームページ:http://minosaku.com/