新潟・魚沼地方の「へぎ蕎麦」は、
風土が生み出した独特の郷土蕎麦
「妻有そば」の美味しさの最大のポイントは、その弾力性に富んだ食感だろう。魚沼地方の郷土蕎麦「へぎ蕎麦」と同じ「ふのり」を蕎麦に練り込むことで、強い弾力が生み出されるのだ。
では、「へぎ蕎麦」とは、どういうものなのか。それをご紹介しよう。
小千谷や十日町のある魚沼地方は、高級織物の小千谷縮の産地だ。もともとは、雪深いこの土地の、長い冬の副業として発達した麻の織物が、やがて縮布に進化し、それが高品質であったことから越後を代表する特産品となった。
織物作りになくてはならないのが、海藻の「ふのり」だ。これを糸に付けると、強度が増して切れにくくなる。また、仕上げの際に、形を整えるためにも使われる。
魚沼地方は海から離れた地域ではあるが、こうした事情で多くの家庭に「ふのり」があった。それを蕎麦のつなぎに利用して誕生したのが、へぎ蕎麦なのだ。
「へぎ」というのは、蕎麦を盛ってある器のこと。杉などの板を薄くそいで、四方に縁を付けた角盆が「へぎ折敷(おしき)」。これを略して、「へぎ」と呼んでいる。
へぎのような大きな器に蕎麦を盛る食べ方は、山形県の板蕎麦にも見られるが、農村で見受けられる習慣だ。昔から冠婚葬祭など、たくさんの人が集まるときに、へぎに盛った蕎麦をみんなで食べた。そこで人々の連帯感が生まれ、気持ちが通い合うのだ。また忙しい冠婚葬祭のさなかに、たくさんの食器を用意しなくてすむのは、大きな利点であった。
蕎麦のつなぎに、「ふのり」を使う地域は、日本中探しても、この地方以外には見当たらない。本来つなぎは、夏などに品質が劣化して麺線状につながりにくくなった蕎麦粉に混ぜて、つながりを良くする目的で使用されるものだ。「ふのり」も、おそらく最初は、そういう目的で使われたものだろうが、その結果生み出される独特の食感は、本来の目的を遥かに越えてしまっている。ある意味で、蕎麦を越えた別の食べ物に進化していると言えない事はない。
食感は練り込む「ふのり」の量によって変化する。この海藻は、わずかな量を入れただけで、蕎麦のつながりを良くする役割は十分に果たしてくれる。そして、さらにその量を増やしていくと、蕎麦のコシがどんどん強くなっていくのだ。
高品質な「ふのり」は値段も高い。それを大量に使うということは、強いコシを求めて手間や材料費は惜しまない贅沢な作り方をしている、ということができる。「へぎ蕎麦」では、「ふのり」は、単なるつなぎ以上の役割を果たしている。より美味しい蕎麦を作ろうと考えた昔の人たちが試行錯誤の結果たどりついた、蕎麦のひとつの究極の形がここにある。
写真協力=サライ(小学館)
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