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見知らぬ町を訪ねて、初めての蕎麦屋さんに入るのは楽しい。その店の蕎麦が、うまいと判っていれば、なおさらです。
そんな小さな蕎麦屋さんをご紹介しましょう。

 今回の特集は、肩の力を抜いて、お薦めできるすてきな蕎麦屋さんにご案内したいと思います。
 僕の書くお店の紹介記事は、「蕎麦の食べ歩きの記録」というより、「蕎麦の取材覚え書き」といったほうが、より正確だと思います。蕎麦屋さんを訪ねて、「こんにちは、ちょっと取材させてください」とお願いしてから、蕎麦を味わい、お話をうかがうのです。

 ですから、ふつうのお客さんが聞かないような立ち入った質問を、ずうずうしく、することがあります。そして、ふつうのお客さんは見ることができないような、裏の裏まで見せていただくこともあります。

 もちろん「これはどうなっていますか」と質問しても、「内緒です」とか、「ご先祖様がだめって言ってるから、だめ」とか、「それだけはご勘弁」などと、断られることも、たまにあります。

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 でも、ほとんどの蕎麦屋さんは、気持ちよく手の内を披露してくれます。だって僕が取材したいと思う店は、すべて魅力的な店だから。
 ご主人も、自分の蕎麦に自信があって、「ほら、真似できるものなら、してごらん」くらいの気概を持っています。だから「なあに、レシピなんて公開したって平気さ」と、ちょっと頬を引きつらせながらも教えてくれるのです。
 がんばる蕎麦屋さんの、そんな痩せ我慢、大好きです。そういう「負けるもんか」の心意気が、誰も思いつかなかった、新しい蕎麦を生み出す原動力になるのです。

 郡山にある『蕎麦切り あなざわ』に到着したのは、電話で約束した時間の15分前でした。駐車場に停まった車は、僕の乗ったレンタカー1台だけ。前日まで降り続いていた雨もあがって、ちょっと肌寒いぐらいの風が爽やかに感じられる気持ちのいい日でした。

 お店は柱の木の色も明るくて、建ててから、さほど年月は経っていない様子。広い駐車場のすぐ脇には、古めかしい小さなお堂が建っています。新しいお店の色と、お堂の暗い木の色が対照的で、このシーンからミステリー小説が始まりそうな不思議な雰囲気でした。

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 お堂に近づいてみると、郡山市教育委員会が立てた案内板がありました。それによると、このお堂は「静御前堂」というのだそうです。源義経を追って、この地まで来た静御前が、途方に暮れて池に身を投げた場所だとか。静御前の没年は不明ですが、このお堂にみられるような伝説は、各地にあるようです。

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 お堂の近くの石仏は初夏の日を受けて、穏やかな微笑みを浮かべていました。

 さて、いよいよ約束の時間です。
 『蕎麦切り あなざわ』の扉を開け、「おはようございます」と声をかけると、店の奥からご主人が姿を現しました。
 僕は手打ち蕎麦屋さんに初めて会ったとき、まずその腕の太さに注目します。ご主人の腕、太いです。
 これだけ太い腕になるまでには、相当多くの人が、ご主人の蕎麦を味わっているはず。この蕎麦を食べたいと求める人がいるから、腕は太くなるのです。いただく蕎麦が、さらに楽しみになりました。

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 そして、ご主人の服装。なかなか個性的です。シャツは純白。パンツも純白。がっしりした腰に黒いベルトが一本、明快なコントラストを見せています。うん、なかなかこうは、いきませんよ、純白のパンツ。洒落っ気があって好ましいです。
 にこにこして挨拶する僕に、ご主人は笑顔も見せず、いかにも頑固な蕎麦職人という感じで、挨拶を返してくれました。こういう蕎麦屋さん、大好きです。

 まずは、蕎麦を打つところを見せていただきました。
 粉は、いかにも福島らしい、ソバの実の中心に近い部分を精製した白い蕎麦粉。最初に熱湯を入れてこね、その後、水を加えてさらにこねる「湯ごね、水ごね」という方法です。
 つながりにくい蕎麦粉を、手早くきれいな麺線に仕上げていきます。熟練の早技。無駄な動きもなく、30分足らずで1.5キロの粉を打ち終えました。

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