HOMEMagazineもり蕎麦の世界 > 音威子府のソバ栽培名人

89B988D08Eq957B5A.jpg

89B988.jpg

三好さんの農場では、収穫したソバを、すぐに敷地内にある工場で風乾燥する。これは個人の工場だからできることで、大規模生産地の乾燥工場で、炎天下に何十台という車が順番待ちで行列になると、荷台のソバはほとんどが蒸れてしまう。蒸れるとソバは、食味が大きく損なわれる。また大規模生産地では次々に乾燥機に入れるソバが運ばれてくるため、間に合わせようと強い火で乾燥するところがある。高温をかけてしまうと、その時点でソバは死んでしまう。「蕎麦粉は水でつながらないもの」という考え方は、そういう処理をされた蕎麦粉を使っている人に多い。

夏の暑さは30℃、厳寒の冬は-30℃になる音威子府(おといねっぷ)は、ソバにとっても過酷な土地だ。

 平成16年の夏、大型の台風18号が北海道を直撃し、ちょうど刈り入れの時期を迎えていたソバ畑は、甚大な被害を被った。三好農場では畑を丁寧に管理しているため、落粒、脱粒の少ない、しっかりしたソバが育っている。だから台風の被害も、比較的軽微ですんだ。
 北海道のソバ収穫量が減ると、まず困るのは製粉業者だ。重要な商品である国産蕎麦粉を調達することが困難になるため、今まで取引のない生産者のところにでも、ソバがあると聞くと買い付けに行く。

 三好農場に対しても、普段は取引のない業者から、高い値段でソバを買いたいと申し出があった。その業者と取引すれば、多額の利益が見込める。
 しかし三好さんは、そうした業者には売らず、長島製粉にソバを託した。

 長島製粉の長島新一さんはいう。
「あの品不足の年、当社は、蕎麦屋さんからの注文に対して、最初から最後まで、きちんと国産蕎麦粉を提供することができました。それは三好さんから、貴重なソバの供給を受けることができたからです。三好さんは、黙って全部、ソバを出してくれました。値段も長島さんに任せるよと言って。彼がいなかったら、ああいう対応は、到底不可能でした」

 三好さんと長島さんは、そういう状況を何度もくぐってきている。だからふたりの信頼の絆は強い。
 長島さんは三好さんを評していう。
「三好さんは言っていることに嘘がない。やると言ったことは、キチッとやってくれる。出来ないときには『長島さん、それ出来ねえや』と、ちゃんと言ってくれます。だから私は対等の立場でいられるし、私が買っているからえらいなんていう気持ちはさらさらない。三好さんに世話になっている部分のほうが、ずっと多いんです」

89B988D08Eq957B3A.jpg

三好農場のソバは、太い茎からの枝分かれが多く、ソバの実がたくさんついている。植物体として健康だということが、一見してわかる。

 一方の三好さんは、長島さんについて次のよう言う。
「長島さんは蕎麦に対する熱意が、ほかの人と全然ちがう。ああいう人が代々やっているから、長島製粉は160年も仕事を続けていられるんだと思う。細かいことでも、よく覚えているし、ものごとに対して視野が広いのが、あの人の特徴です」

 一時期、三好さんは、自分で石臼を導入して、製粉まで手がけようと思ったことがある。製粉業者の仕事まで自分でやってしまおうというのだから、長島製粉にとっては決して面白い話ではないはずだ。
 しかしそのとき、長島さんは反対しなかった。ただ、三好さんの名前に傷を付けるような悪い粉だけは出して欲しくない。だから製粉のノウハウは自分が教えると、長島さんは申し出たという。

 結局、三好さんは、自分で製粉することは断念した。
「長島さんと同じ粉は作れないとわかったんです。製粉は長島さんにやってもらったほうが、自分のソバは生かせる。長島さんの石臼は、目立てからして、ぜんぜん違う。あの人は、全部自分で目立てをするんです。臼も材料の石から探して作るし、石を切る職人と友達になるところから始める。どうやったらいい粉ができるかというシステムが全部頭に入っている。やりだしたら、とことんやるタイプです。長島さんは今"三好さんの粉"と言って売ってるけど、そうじゃない。あれは"長島さんの粉"です」

 三好さんが栽培したソバを長島さんが製粉して販売する。そのうえで大切なことは、ソバを栽培する段階、つまり畑でのリスクをどう回避するかという問題だ。
 ソバは気象条件による作柄の変動や、その年の収穫量による取引価格の変動幅が大きく、経営的には危険と隣り合わせの作物といえる。種を播いた時期などに雨が多かったりすると、即座に不作に結びつく。雨が多くてもいけないし、少なくてもいけない。豊作でも取引価格が下落するし、高値で売れても、莫大な利益があがるというほどには儲からない、難しい作物なのだ。

8AA391878E7B90DD.jpg

三好さん手作りの乾燥工場は、富良野、深川、美瑛、旭川、剣淵など、6〜7カ所の地域から集めた旧式の機械が並んでいる。資金が足りなくて中古の機械を集めて乾燥工場を作ったが、それが結果的にソバの品質を維持することに結びついた。最低温度が低くなる山本式という乾燥機を使っている。

 長島さんは言う。
「私は三好さんが北海道で一番ソバ作りがうまいと見ているけれど、音威子府の天候が悪ければ、三好さんだっていいソバはとれない。だけど、だから三好さん、今年のソバはいらないよって言ったら、彼はどうなります。やっぱり買ってあげるって言ったら失礼ですけど、買い続けることが大切です。私はそれが粉屋の役目だろうと、すごく感じています」
 長島さんは、音威子府が不作だったら他の地域のものを買えばいいという業者とは違う。三好さんの栽培した良いソバが、どうしても必要なのだ。良質のソバを安定して確保するためにも、三好さんのリスクは自分のリスクとして受け止める覚悟を決めたのだ。


 長島さんがそこまでしても「欲しい」と思うソバは、どのようにして作られているのだろう。
 三好さんは言う。
「栽培には、まず地力が大切です。地力があればあるだけ、いい作物ができる。育ったソバは一本ずつ茎の太さを見ます。植物の生命力がそういうところに出る。土がしっかりしていなければ、しっかりした茎はできない。茎が太ければ、少々の台風が来ても耐えられます」
 地力を維持するためには、堆肥を入れたり、端境期にほかの作物を植えたりといった努力も必要だ。また、土地の水はけを良くすることの重要性も、三好さんは説く。
「できれば水はけのいい斜面の畑で栽培するのが理想。水はけの悪いところは、12m置きに暗渠(あんきょ)を入れています。素焼き暗渠を入れるのに1反12万円かかる。1町で1000万円。100町ぜんぶやれば1億円かかる。でも、そこまでやるんなら農家やめたほうがいいね(笑)」
笑顔で語る三好さんだが、その目は笑っていない。100町ぜんぶに暗渠を入れることも、三好さんならやりかねない。

 そうやって栽培したソバは、収穫後、間を置かず乾燥させるのだが、三好さんは、この乾燥の工程に最も注意を払う。ソバ畑の脇にある、三好さんが手作りで組み上げたという乾燥施設を見せてもらった。
「これが風乾燥をするラジアルビーンっていう機械です。ここに収穫したソバを入れて、水分が20%ぐらいになるまで、風だけで乾燥します。それを最後に火を使う乾燥機で16%まで落とすんです。このときに温度を上げ過ぎないことが、とても重要。熱を加え過ぎると、すべてがだめになります。高温にさらされたものは後で変色します。最初は見た目ではわからない。3ヶ月、4ヶ月、半年と時間が経つにつれて、変色が段々ひどくなる。そういう材料は誰がどうやっても美味しい蕎麦にはできません」
 市場で流通するソバの"等級"は、ソバの実の大きさや粒揃えなどで判断され、食味や、乾燥時にどのように処理されたかという点については、考慮されない。だから、食べて美味しい蕎麦粉を見分けるのは、プロでも難しい。このソバは誰が生産したのか...それが実は、美味しい蕎麦を見極めるための重要な判断材料になるのだ。

 栽培する人と製粉する人、それに麺を作って販売する人。これらの人たちが結びつき、信頼し合える関係ができたとき、初めて本当に美味しい蕎麦が生まれるのである。