石臼がゆっくりと回り続ける『長島製粉』の工場。温度はいつも約15〜16℃に保たれている。
生産者が育てたソバを、製粉して蕎麦店に卸す製粉屋さんは、蕎麦の味を決めるもうひとりの主役だ。
蕎麦粉の状態が一年で最も悪くなる8月。猛暑の中、埼玉県鴻巣市の長島製粉を訪ねた。事務所の壁には、北海道音威子府の蕎麦生産者、三好和己さんの顔写真が入った大きなポスターが貼られている。
長島製粉の5代目社長、長島新一さんは、額に浮かぶ玉の汗を拭いながら言った。
「蕎麦を打っていたんです。三好さんの蕎麦を、生粉打ちの水捏ねで打ったんですが、この時期でも楽に打てます。ぜんぜん切れない。それでもさすがに一番悪い時期だからベストではない。香りも新蕎麦のときの爽やかさが消えてきている。でも、やっぱり粘性は高いですね」
8月まで、それほど良好な状態を保つには、保管に関する高度な技術が必要となる。長島製粉では0℃域で蕎麦を保管できる倉庫を実用化している。
また、最新鋭の保管庫があったにしても、この時期まで良好な状態を保つには、言うまでもなく元の蕎麦が優れていることが大前提となる。
だから長島さんは、三好さんの蕎麦を使う。乾燥時の温度管理などに目配りが行き届き、粘性が非常に高いという。
「三好さんのような蕎麦を、質、量ともに安定して栽培できる人は、本当に少ないんです。私は年に3、4回北海道へ行っています。それを10年以上続けている。三好さんと出会う前に、北海道を探してみつけた何人もの生産者と仕事をしてみましたが、ことごとく壊れました。最後に残ったのが三好さんです」
長島さんが最初に三好農場を訪れたのは、今から7年前。そのときは商社の人と一緒だった。三好さんのソバが良いという話は聞いていたが、どんなソバなのか試してみたいと思っていた。120俵ほどのソバを買い付け、会社に戻り製粉してみて驚いた。ほかのソバとはまるで違う。風味も良いが、特に蕎麦に打つときの粘性に優れていた。自分が探していたソバはこれだと、長島さんは思った。
次に三好さんを訪ねるときは、ひとりで行った。三好さんと蕎麦について、何時間も話し合った。
こうして長島さんと三好さんの付き合いが始まる。良いソバを作りたい三好さんと、良いソバを粉にしたい長島さん。取引はビジネスではあったが、「良い製品を作りたい」というそれぞれの思いの強さが共鳴し、ひとつの力強い響きになっていく。自分の作る製品にプライドを持っているという一点で、ふたりの間の信頼は深まっていった。
これが長島製粉ならではの、大量の玄ソバを0℃で保存できる倉庫。独自の技術で実現した理想的な保存施設だ。