HOMEMagazine乾麺、あなどることなかれ > 田島征三さんの蕎麦パーティー

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ボランティアの人たちが来てくれやすい場所を確保するために、神奈川県の民家を利用してアトリエを設けた。20人ほどの人が協力しあって、作品作りに打ち込んでいる。

田島征三さんは制作の合間に、新潟・十日町特産の『妻有そば』を食べるという

 ずっと気になっていた蕎麦がある。
 新潟県十日町市妻有(つまり)で作られている「妻有そば」という乾麺。乾麺でありながら、弾けるような強いコシがあり、うまい。通常の乾麺の概念を覆す蕎麦だ。
「妻有そば」に初めて出会ったのは、『共同幻想論』などの著書がある評論家の吉本隆明さんのお宅だった。蕎麦好きの吉本さん、お薦めの蕎麦ということで、「妻有そば」を茹でていただき、たらふく御馳走になった。「乾麺でもこんなに食感の良い蕎麦があるのか」と驚いたことを覚えている。そのとき以来、いつか詳しく取材してみたいと思いながら、何年かが過ぎていった。

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海岸で拾い集めた流木に色を縫って動物を作る。流木の形をそのまま生かして使い、ユーモラスで愛らしい動物が出来上がっていく。

「妻有そば」との再会の時は、突然訪れた。絵本作家の田島征三さんのアトリエで蕎麦パーティーがあるから来ないかと、友人に誘われた。聞けば田島さんが好きなのは「妻有そば」だという。僕は早速、カメラを持って、田島さんのアトリエにおじゃました。

部屋に入ると懐かしい「妻有そば」が、制作途中のオブジェのとなりに、無造作に積み上げられていた。



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妻有そばは乾麺なので、常温で保存しておき、いつでも手軽に食べることができる。

 田島征三さんは、忙しい。今だけ忙しいのではなくて、今までずっと、これからもずっと、いつでも忙しい人なのだ。頭の中には形を与えたいイメージがいっぱいあって、それが台風のように渦を巻いている。噴出したエネルギーが、そのまま紙に染み込み、あるいは空中で凝結したのが田島さんの作品だ。呼気のように生み出されてきた多くの作品は、これまでたくさんの人たちの魂をゆさぶり、国際的にも数々の賞に輝いてきた。『ちからたろう』、『ふきまんぶく』、『やぎのしずか』、『とべバッタ』など、名作は多い。

 その田島さんが、今、取り組んでいるのが、2009年の夏に新潟の十日町、妻有で開催される「大地の芸術祭 越後妻有 アート トリエンナーレ2009」の参加作品だ。
 山間の「鉢」という集落で4年前に廃校になった旧真田小学校を改築して、美術館として甦らせようという企画が、この芸術祭の目玉のひとつになっている。田島さんの作品により「美術館全体が絵本になる」という構想。果たしてどんな作品がスペースを埋めるのだろう。

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なるべく大きな鍋に湯を沸騰させ、人数分の麺を投入する。美味しく茹でるためには、湯の量と温度がポイント。

 漏れ聞こえてくるヒソヒソ話では、真田小学校で過ごした子供たちの「思い出たち」が、体育館で遊ぶのだとか。それが動物なのか何なのか、田島さんの頭の中から飛び出してくるまでは、誰にもわからないらしい。芸術祭がオープンする2009年7月26日が、楽しみでならない。

 田島さんは現在、仕事を手伝ってくれるボランティアの人たちが通いやすい横浜の地にアトリエを設け、眠る間も惜しんで制作に没頭している。

 そこでときどき行われるのが、蕎麦パーティー。田島さんが大好きな「妻有そば」をたくさん茹でて、全員で食べるのだ。これがみんなの元気のもととなる。そこに僕も、参加させていただいたというわけだ。
 

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投入直後、麺どうしがくっつかないように、菜箸で手早くかき回す。湯の量がたっぷりあると、すぐに沸騰を始めて、麺を美味しく茹でることができる。

「妻有そば」が美味しいのには、理由がある。
 新潟県の十日町は、郷土蕎麦の「へぎ蕎麦」で知られる地域。小千谷縮が特産のこの土地で身近な、海藻の「ふのり」を蕎麦に練り込んだのが「へぎ蕎麦」だ。驚くほどコシが強く、つるんとした独特の食感で、日本に数ある郷土蕎麦の中でも、ひときわ特異な個性を持った蕎麦だといえる。
「妻有そば」は、この「へぎ蕎麦」と同じ「ふのり」を、豊富に練り込んだ乾麺だ。だから食べたときの食感が、普通の乾麺とはまるで違う。いわば乾麺の「へぎ蕎麦」なのだ。
「妻有そば」を製造しているのは、新潟県十日町市にある玉垣製麺所。何種類もバリエーションのある中で、最高級品は「石臼挽き 妻有そば」だ。これは十日町の隣町、小千谷で採れたソバを石臼で丁寧に製粉して、北海道産などの高品質のふのりをふんだんに練り込んで作られている。

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吹きこぼれないように注意しながら、茹でる。沸騰する湯の中で麺がぐるぐる回転するようなら、理想的。

へぎ蕎麦のおいしさと、手間をかけずに食べられる乾麺の簡便さを兼ね備えた、日常使いの蕎麦なのである。

 田島征三さんの横浜のアトリエは、「大地の芸術祭 越後妻有 アート トリエンナーレ2009」の作品制作のために準備した場所。ここで流木に色を塗り、それを組み上げて動物の形に仕上げる。家中いたる所に鮮やかな原色に塗られた流木が山積みになり、田島さんやボランティアの人たちが、その間を動き回って忙しく作業している。
 夕方、一日の仕事も一段落し、台所では食事の支度が始まる。新潟から送られてきた無農薬栽培の野菜がダンボールの箱から出され、てんぷらにされる。そのとなりでは、大きな鍋にぐらぐらと湯が沸かされ、蕎麦が茹でられる。

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茹で時間は5分15秒くらいが目安。一本、菜箸でとって食べてみて、芯がないように茹でる。茹で過ぎると味が落ちるので、引き上げるタイミングには特に注意する。ざるなどで、一気にすくい上げる。

 この日は、玉垣製麺所営業部の尾身さんが、「妻有そば」を搬送しつつ、蕎麦パーティーのお手伝いにやってきてくれた。

「妻有そば」の販売に命をかける尾身さんが釜前をしてくれる(茹でてくれる)のだから、今夜の蕎麦は、最高の出来になることは間違いないだろう。

 さっきまで流木の動物たちが占拠していた部屋の真ん中にスペースが設けられ、ダンボール箱を利用した代用テーブルが設置される。大皿にてんぷらが盛られ、茹であがったばかりの蕎麦が運ばれてくる。蕎麦が置かれると、みんなが集まるのは早い。瞬く間に席は埋まった。
「のびちゃうよ」
「早く食べようよ!」
 まずはビールで乾杯。その間にも蕎麦に向かって、何本もの箸が伸びてくる。

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すぐに水道水など、冷水にひたし、手早く洗ってぬめりを取る。ぬめりがあると、食べるときに麺どうしがくっついて、食べにくくなる。

「うん、うまい」
「おいしいねえ」
 笑顔を輝かせて蕎麦をたぐりながら、制作中の作品についての話が弾む。

 見る間に蕎麦は、どんどん減っていく。みんなで食べるそばは、どうしてこんなにおいしいのだろう。

 玉垣製粉所の尾身さんに、「妻有そば」の、おいしい食べ方について聞いてみた。すると、意外な答が返ってきた。
 普通、乾麺は、冷たいもり蕎麦で食べるよりも、温かいつゆをかけた「かけ蕎麦」にして食べたほうが、おいしくいただけるものだが、「妻有そば」は逆で、冷たい蕎麦として食べたほうがおいしいのだという。

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水切りの良い、ざるなどの器に盛って、出来上がり。

「食感が良い蕎麦なので、冷たい蕎麦として、十分おいしく食べられます。だから温かい蕎麦よりも、冷たいままで食べることをお薦めしています」と尾身さんは言う。
 日本中、どこにいても取り寄せられる「妻有そば」。ぜひ一度、味わっていただきたい。

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のびないうちに早く食べるのが、蕎麦好きの最低限のマナー。 遠慮は野暮というより失礼です。「のびないうちに、いただきます!」と言って出されたら即座に食べましょう。

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薬味にはネギやワサビもいいが、大根おろしが最も適している。蕎麦の旨味を引き出し、つゆ付きを良くしてくれる。


玉垣製麺所 (妻有そばを作っている製麺会社)
新潟県十日町市下川原町32番地
TEL 025-752-2563
FAX 025-757-6117

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