HOMEMagazine小さな町の小さな蕎麦屋さん > 自信、あります。極上の白い蕎麦

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店内には主人が自分で育てたソバの花を、自分で撮影した写真が引き伸ばされ、飾られています。写真の力量もプロのレベル。
こういう人が打つ蕎麦だから、常連客も増えるのです。

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 蕎麦打ちの次は、料理を撮影します。
 メニューを開いて、撮らせていただくものを選びます。
 基本は「もりそば」。これは小麦粉を2割加えた二八蕎麦です。
 そのバリエーションとして「割子もり膳」、「鴨汁もり膳」、「とろもり」などがあります。
 「割子もり膳」は、小ぶりで軟らかい新芽なめこや、粘りの強い丸芋とろろ、蕎麦もやし、大根おろしなどを小鉢に入れてセットにしたもの。
「鴨汁もり膳」は、フランス産の鴨を使った鴨汁を、椀に入れて蕎麦に添えたメニューです。
 蕎麦は基本的にざるではなく、小さな鉢に盛られ、他の料理と合わせたセットが中心のメニュー展開。この店ならではの、独自なスタイルを作っています。
 ご主人からメニューの説明を受けているうちに、卵焼きが目にとまりました。地元の元気な卵をいっぱい使った、贅沢な卵焼き。最近は鮨屋さんでも、自分の店で卵を焼く店が少なくなっていますし、こういう卵焼きを食べられる店は、多くはありません。まず、最初の一皿は、これをお願いすることにしました。

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 次に目に止まったのが、冷やがけの「新芽なめこおろしそば」。極細の白い蕎麦に、かわいいなめこや大根おろし、海苔などを乗せた、夏にぴったりの蕎麦です。
 それともう一品。この店の最高傑作ですと、ご主人お薦めの「極上蕎麦きり 大盛り」をお願いすることにしました。
 ご主人は腕まくりをして、厨房へ。僕は照明機材のセッティングにかかります。
 さて、どう撮ろうかと考えながらライトを組む。こういうときが、一番楽しい時間なのです。

 ライティングが仕上がると同時に、見るからに美味しそうな卵焼きの登場です。ファインダーを覗いて構図を決め、卵焼きの切り口にビントを合わせてシャッターを切ります。料理の写真はスピードが命。味が落ちないうちに撮影すると、不思議なことに、写真にもその味が、ちゃんと写るのです。

 次は「新芽なめこおろしそば」。小さななめこが泳ぐ汁の色もあまり濃くなくて、見た目に美味しさが現れています。海苔が湿気を含んで、へたらないうちに撮り終えることが重要です。

 最後に、美しい真っ白な蕎麦が、黒い漆塗りの鉢に入れられ、出てきました。うん、この配色は、あのパンツとベルトだなと、ご主人の腰を脳裏に浮かべながら、気合いの入った蕎麦を撮らせていただきました。

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 撮影が終わると奥様が、「どうぞ、お蕎麦を召し上がってください」と薦めてくださいました。
 でも、僕はずうずうしく、「すみません、この蕎麦は、もう時間が経っていますので、小さな盛りで結構ですので、新しい蕎麦を一枚いただけませんか。ご主人の、どうだ、これが最高だ、という一枚をいただいてみたいのです」と、お願いしました。
 撮影に使った大盛りの蕎麦を食べないのは、もったいないけれど、ここはやはり、あの太い腕から生み出される、渾身の一枚を味わってみたかったのです。
 奥様は「わかりました」と頷き、大盛りの黒い鉢は下げられました。

 間もなく運ばれてきた、ざるに盛られた白い蕎麦。これはお見事でした。
 厳密な意味で「さらしな」と呼ぶには、少し精製の度合いが低いけれど、歩留まり約50パーセントの蕎麦粉。いわゆる一番粉に相当する粉でしょう。麺の中から光が生まれてくるような美しい蕎麦を口に入れたときの、跳ねるような食感は、滅多に出会えないものです。
 歯を当てると、かすかな抵抗感のあと、歯ぬかりもなく、さっくり切れる歯切れの良さ。これも出色です。
 蕎麦の甘さも予想外に強くて、麺の表面のざらざら感が、食感、舌触りを奥深いものにしています。
 白い色の蕎麦が内包する食感は、五色の彩り。やはりこの店のキーワードは、白いパンツなのだろうかなどと、頭の隅で考えつつ、楽しませていただきました。

 惜しむらくは、茹でるときに、麺と麺がくっついて、少し固まりができていたこと。それをご主人にお伝えすると、即座に「直します」と、おっしゃいました。あれだけの蕎麦を打つご主人なのですから、痛恨のミスをしてしまったのでしょう。
 僕が苦言を呈すると、ご主人は怒ることもなく、逆に表情が和らぎました。最高のものを追い求める人だから、僕の提言に「この主人なら、完璧な蕎麦ができるはずだ」と信じた気持ちを、感じとってくれたのかもしれません。こちらも、ちょっとうれしくなりました。
 毎日、昼時は、常連客で満席になるこの店の魅力がどこにあるのか、良くわかりました。

 小さな町の、ちょっと頑固な蕎麦屋さん、こういう店がこれからの時代の主役になっていくのだと、僕は思います。
 ごちそうさまでした。


『蕎麦切り あなざわ』
福島県郡山市静町37-13
電話024-954-6363
http://www.sobakiri-anazawa.com/index.html

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そばログ

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