HOMEMagazine天井裏に隠された天保のそば > 天保蕎麦・天井裏から蕎麦の俵が/片山虎之介=文

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古民家の天井裏から発見された古い俵。
中には160年前のソバの実が詰まっていた

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天保そばの実は、ひとつひとつ個性が豊か。意図的に様々な種が混ざるよう、集められた可能性が高い。

 写真と文 = 片山虎之介

 『サライ』(小学館)のWebサイト『Webサライ』に、片山がエッセイ『蕎麦を待つ間に』を連載している。その中の第八回「天井裏から蕎麦の俵が」が、御好評をいただいている。そこで、この出来事の顛末を、もう少し詳しく紹介したいと思う。

 平成10年の12月、福島県大熊町の旧家、横川家の古民家を解体していた人たちが、天井裏から奇妙なものを発見した。真っ黒に変色した俵が六つ。いったい何が入っているのかと開けてみると、中から出てきたのは、大量のソバの実だった。
 六つの俵はどれも、俵の中に、さらに俵が詰められ、二重構造になっていた。そして俵と俵の間には、灰や炭がぎっしりと詰め込まれている。

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初めて天井裏から発見されたときの貴重な写真
(提供=鈴木製粉所)

どうやらソバの実がネズミに食べられるのを防止し、同時に湿気も防ごうという工夫らしい。このソバの実を、何としても守りたいという、俵を天井裏に置いた人の強い思いが伝わってくるようだ。
 横川家の家人の話では、今から5代前の先祖、横川助治郎さんが、ソバの実を隠したという話は、代々語り継がれていたという。横川助治郎さんが生きたのは天保時代(1830〜1843年)。世にいう天保の飢饉のあった時代だ。

 天保の飢饉は、江戸三大飢饉のひとつに数えられるほどの大飢饉だった。天保4年(1833)ごろから天候異変が起こり、田植えの時期になっても水田に氷が張るような天候が続いた。さらに大雨などで洪水の被害も重なり、農作物は壊滅的な被害を被った。さらに稲刈りの時期に雪が降ったとも伝えられている。それが一年では収まらず、翌年も、さらにその翌年も続き、一説によると6〜7年間、このような天候が継続したのだという。

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山形市の鈴木製粉所で、毎年、新蕎麦が収穫されると、試食会が開催される。

 稲もそのほかの作物も不作で食料がなくなり、多数の餓死者が出た。被害は全国に及んだが、特に東北地方の状況は深刻で、秋田藩では全人口の4分の1が餓死したとも伝えられている。
 この悲惨な体験をした横川助治郎さんは、子孫に同じような災いが降り掛かったときの対策として、緊急時に栽培するようにソバの実を天井裏に隠したのだ。
 ソバという作物は成長が早く、種を播いてから約75日で収穫できる。その早さが買われ、昔から稲が凶作のときなど、ピンチヒッターとしてソバが播かれ、人々を飢えから救ってきた。ソバは主食ではなく救荒作物として、ずっと人間に寄り添い、その命を守ってきた作物なのだ。
 天井裏に隠されたソバはその後、幸いにも出番がなく、平成の時代に古民家が解体されるときまで、天井裏で静かに眠り続けていたのである。

 俵から出てきたソバは乾燥しきっているが、まだ生きているのだろうか。なんとかこれを発芽させることはできないだろうか。ソバを管理することになった福島県製麺協同組合青年部の人たちは、あちこちの専門試験場や大学の研究室など、十数カ所に栽培を依頼してみた。
 だが返ってきた返事は、期待に反したものだった。注意深く発芽試験を行ったのだが、どこの研究機関でもソバが芽を出すことはなかった。「すべての種子で胚は発芽活性を喪失、成長能力はない」、これが研究者たちがたどりついた結論だった。

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地元の蕎麦屋さんが、会場で見事な手打ちの技を披露する。

 そこで福島県製麺協同組合青年部の鈴木昭孝さんは、山形県にある鈴木製粉所の、先代の社長であった鈴木彦市さんに最後の望みを託した。ソバを知り抜いた鈴木さんなら、あるいはなんとかしてくれるかもしれない。
 平成11年、鈴木彦市さんは、今までどこの研究所で試みてもだめだったという経緯を踏まえ、それとはまったく別の方法で栽培しようと考えた。昔から農家に伝わる言い伝えの通りにやってみよう。「ソバを播くときは、水はいらない」これが、その言い伝えだ。
 鈴木さんは、その言葉を忠実に守って栽培を試みた。ミズゴケを細かく切り刻み、その上にソバを播き、ミズゴケに含まれているごく少量の水分だけで育ててみたのだ。
 その結果、発芽活性を失っていると見放されたソバが、驚いたことに芽を出したのだ。人々は喜びに沸いた。そして、この小さな双葉を、「天保そば」と命名したのである。

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天保そばの試食会。地元だけでなく遠方からも、多くの人が訪れる。

そばログ

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