甦った天保そばの味は
やはり現代の蕎麦とは大きく異なっていた
写真と文 = 片山虎之介
数粒の種から芽を出したソバは、少しずつ栽培量を増やし、試食会が行われるまでになった。
試食会の日、現在この種を調査している専門家、横川庄栄さんにお話をうかがうことができた。これが、また驚くべき内容だったのである。
現在、一般の蕎麦屋さんで食べることのできる蕎麦の多くは、人間の手によって品種改良されたソバから作った蕎麦粉を使っている。品種改良をする目的は、同じ畑からあがる収量を、さらに増やそうということが主な狙いだ。そのほかにも風で倒れにくいソバにしたりとか、実が枝から落ちにくくしたりとか、いろいろな目的をもって改良が行われるが、主要な目的はやはり、たくさん収穫できるということが大きい。
品種改良されたソバに対して、人間があまり手を加えず、昔からずっとその土地で栽培され続けてきたソバのことを「在来種」のソバという。
屋根裏から出てきたソバの実は、つまり160年前の在来種だ。だから自然の状態で生きていくために備わっているソバ本来の特徴を、現代の品種改良されたソバよりも、はっきりと持っていると考えられる。
横川庄栄さんは、その特徴を調べるために、ひとすくいのソバの実を、一粒一粒に備わっている特徴別に、小さな枡に分けて、分類してみた。それが右の写真だ。
在来種のソバは、ひとすくいの中に、様々な個性を持った実が混在している。草丈が高くなる粒もあれば、低い粒もある。大きい実がつくものもあれば、小さいものもある。実りが早いものもあれば、遅いものもある。厳しい環境のもとで生き抜くには、このバラバラな特徴を持った種子が混在しているということが大切なのだ。
つまり、どこかの土地に、この種子が播かれたとき、様々な個性のソバが芽を出すが、風が強い地方だったら、草丈が高くなるソバは倒れてしまうかもしれない。
実りの遅いソバは、冬が近づいたとき、霜の被害にあってしまうかもしれない。多くのソバの中から、その土地に適合したものだけが生き残り、子孫を残すことができるのだ。
横川さんの話によると、屋根裏から出てきたソバは、そのバラつきの度合いが現代のソバに比べ、極めて大きいのだという。写真でわかるように、ひとすくいのソバは、どれも同じものではなく、これほど多様な個性を、それぞれ備えているのだ。
後日、この話を、筑波大学の林 久喜先生にお話ししたところ、林先生は、それはおそらく、冷害の年に、しかも時期外れに播くのだから、より過酷な環境でも必ず生き残って実を結ぶソバがあるように、いろいろな個性のソバを、意識的に混ぜて保存したのでしょう、との見解を語られた。確かにそうだろう。
当時の人々にとって救荒食のソバは、最後に命をつなぐ食料なのだ。生きるも死ぬも、このソバにかかっている。そこからこのような知恵、工夫が生まれてきたのだろう。
小さな枡に分けられたソバを見ていると、昔の農家の人々の、必死の形相が見えてくるような気さえする。
さて、その天保そばだが、どのような味なのか。とても興味があるところだ。横川庄栄さんや、関係者の話を聞くと、非常に旨かったのだという。今の蕎麦とはまるで違って、餅のような弾力があり、香りが強く、味に野性味があり、「驚くほど美味しかった」という。
しかし、それが、天保そばの試食会で片山が味見した蕎麦は、残念ながら、それほどの特徴は感じられなかった。
その理由は、風味の強い部分は食べにくかったりするので、それを除外して色の白い蕎麦に仕上げてしまったこと。さらに2割のつなぎの小麦粉を入れてしまったこと。これをしたら、せっかくの蕎麦の風味は、かなり弱められてしまう。蕎麦を作った方々は、見栄えの良い白い蕎麦で、癖のない味にして多くの人に食べてもらおうと思ったのかもしれない。しかし、わざわざ山形まで足を運んで天保そばを食べてみたい理由は、ほかとは違うその個性を味わってみたいからにほかならない。
ぜひとも今年は、天保そばの本来の持ち味をしっかり備えた、「驚くほど美味しい」蕎麦を、試食させていただきたい。天保そばの新蕎麦は、収穫が順調に行われれば、今年の12月ころには出る予定だという。どれほど美味しい蕎麦になるのか、今から楽しみでわくわくしている。
鈴木製粉所には、天保そばの実が常時展示されていて、見学することができる。