蕎麦Webスーパー★インタビュー
第一回 蕎麦人×片山虎之介
「秘境の蕎麦屋を訪ねる」
今回の『蕎麦Web』では、蕎麦Webスーパー★インタビューと題して、蕎麦の世界のスーパーな方に、お話をうかがいます。第一回は、蕎麦の食べ歩きブログで、現在、ナンバー1の人気を誇る「蕎麦人」さん。穏やかな口調の、やさしい方です。
日本全国、食べ歩いた蕎麦屋さんの数は、すでに1000軒を数えるとか。
今まで行った中で、印象深く記憶に残っている「秘境の蕎麦屋さん」について、片山虎之介がお話をうかがいました。蕎麦の話から、お化けまで、楽しい話題が山積みです。
蕎麦人さんの食べ歩きブログへは、「本人よりかなり男前に描けています」とご本人が言う、下のイラストをクリックしてください。
(イラスト/セキ・ウサコ)
(写真/片山虎之介)
以下、〈虎〉=片山虎之介、〈蕎〉=蕎麦人
〈虎〉『蕎麦Web博覧会』のトップ記事で紹介した、佐賀県唐津の「狐狸庵」さんは、蕎麦人さんのおすすめで取材に行った店ですが、蕎麦人さんが最初に「狐狸庵」さんを知ったのは、どういうきっかけでしたか?
〈蕎〉ネットで佐賀のお蕎麦屋さんを探してたんですよ。佐賀の蕎麦屋さんていうと、三瀬の蕎麦街道が有名で、あとほかに蕎麦屋さんて見当たらないんです。あれこれ探していたら「狐狸庵」さんと「里味庵」さんがひっかかってきたんです。で、旅行に行ってみようと思って出かけたんですよ。まさか、あんなすごいところだとは思わなかったです(笑)。
〈虎〉それが、冬だったんですか?
〈蕎〉たしか12月頃...。いや、2月頃に行ったのかな。山の下から上って行って、遭難しそうになったんです(笑)。積もった雪が凍り付いて、スタッドレス履いてるのに滑って全然上がらないんですね。「狐狸庵」さんに、これから行きますと電話しておいたのですが、もう最後には諦めて、お店に「やっぱり滑って上がらないので、また暖かくなったら来ます。」って電話したんです。そしたらご主人が「申し訳ないから、迎えに行きますよ。」って、迎えに来てくれたんです。
〈虎〉ご主人の車は何ですか?
〈蕎〉四駆のスタッドレスで下りてきました。
〈虎〉ナビも使えないんですね?
〈蕎〉ナビは使えます。
〈虎〉僕はナビで行ったら、迷ってしまいました。上る道が福岡側と唐津市街側の二ヶ所あるじゃないですか。その片方からは使えるんですか?
〈蕎〉いいえ、両方使えます。ただ福岡側から上がってくると、ナビが通ってはいけない道を案内するんですよ(笑)。その通っちゃいけない道を暖かくなってから通ったんです。その道は途中から通行禁止になってるんですが、「狐狸庵」さんの話だと、誰かが通行禁止の看板を立ててくれたらしいのです。昔は通行禁止の看板がなかったので、そのまま細い道を無理矢理進んで行って事故を起こす人が多かったそうですよ。
〈虎〉あそこかなぁ、僕が迷って入って行って、だめかなぁと思ってバックした道があるんですよ...。
〈蕎〉すごく細い道ですよ。見るからに、車で入るのはヤバそうな。
〈虎〉通行禁止というより、通行危険という意味ですね。
〈蕎〉通れないことはないんでしょうが、常識的に考えれば危なそうな道でした。
〈虎〉ナビがこっちへ行きなさいと案内するから、大丈夫だろうと思って進むわけですよね。「狐狸庵」さんに行くのは命がけですね(笑)。
〈蕎〉福岡側から行く場合には、ナビに頼らず、道に設置してある看板通りにたどっていくとちゃんと行けます。
〈虎〉福岡側というと、浜玉町から豊島川に沿って上っていくほうですか? 豊島川に沿って広い道を行って、途中から山に上がっていくじゃないですか。上がっていくと、あちこちに看板が出てますよね。
〈蕎〉その看板の指示に従って行くと安全に行けます。
〈虎〉海が見えるところがありますね。あれは唐津市街側からの道ですか?
〈蕎〉福岡側ですね。
〈虎〉海が見えて山に入っていくのが福岡側で、もう一か所が唐津市街側ですね。
〈蕎〉ダムがある方が唐津市街側ですね。滝がいくつもあるんですけれども、唐津市街側から上がっていくと、川沿いを上って行って、景色がいいですよ。福岡側からだと山の中を、ひたすら走っているだけで、最初ちょっと海が見えるけれど、あとは山の中を走るばかりで、何にも見えません。どちらのルートも「どさんこミラファーム」のものと、「山瀬」と書かれた看板があるので、その「山瀬」を頼りに進んでいけばいいんです。山瀬っていうのは「狐狸庵」さんのある集落の名称なんです。「山瀬」の看板は「狐狸庵」さんが立てた看板なんですけど、「狐狸庵」と案内を立てると山の雰囲気が壊れるので、「山瀬」という集落名の看板を立てたんだと仰ってました。だけど、そこに一緒に「どさんこミラファーム」の看板があるんだから一緒じゃないのと(笑)。
〈虎〉その「どさんこミラファーム」は、お客さんが来るんですか? あんな山の中なのに。
〈蕎〉多分、来るんでしょう...。(12/26に人生の楽園で紹介されたので現在は混雑が予想されます。)山瀬の集落が廃村になってから、あの地域には「狐狸庵」さんのご主人が最初に入ったわけですけど、道案内の看板ひとつ立てるのにも、まわりの景観を壊さないようにと考えているところが、すごいなぁと思いますね。
〈虎〉蕎麦を食べた印象はどうですか?
〈蕎〉もう、うまいの一言ですね。香りがいいですし、味が濃い。
〈虎〉まさかあれが機械打ちだとは思いませんよね(笑)。
〈蕎〉なんとなくそうかなと感じさせる部分も...(笑)。
〈虎〉見た目、そういう感じは、ありますよね。
〈蕎〉製麺機が押し出し式じゃなくて、包丁みたいな刃で切るタイプだから、手打ちに近い麺ができるんでしょうね。見た目、ちょっと疑うところがあっても、まさかあれが本当に機械だとは思わなかった。話を聞いたら納得ですけどね。
〈虎〉あのおいしさは、蕎麦粉の力が大きかったんですね。
〈蕎〉機械打ちで、あんなにおいしい蕎麦ができるのなら、その機械と、おいしい蕎麦粉があれば、僕にも蕎麦屋が開けるかもしれないと思って、帰ってから製麺機のカタログ、いろいろ調べちゃいましたよ。
〈虎〉機械は買えるけど、あの蕎麦粉は買えないですからね。そこがネックだ(笑)。
〈蕎〉蕎麦屋を開くのは、やっぱり無理です(笑)。
〈虎〉泊めてもらったあの体験も強烈でしたね。夜、音が全くしないというのもすごいですね。ある意味、怖い気もしますけれど。
〈蕎〉夜中に外に出てみたけど、ちょっと気持ち悪かったですね。
〈虎〉そうですよね。僕も田舎育ちなので、よく分かります。
〈蕎〉子供のころ、長野県の飯山というところに住んでいたんです。夜、街灯にカブトムシが寄ってくるので、それを捕まえに行くんですよ。山の中の数軒しかない集落を通るんですが、夜、そこを歩いていくと、後ろからお化けがついてきそうで...(笑)。
〈虎〉いやぁ、よくわかります(笑)。
〈蕎〉大人になってからもありますよね。久々に、ああいうところに行ったから、そういう感じが蘇ってきましたね。こういうこと、ずっとなかったもので。
今なら、夜中に山の中の道を車で走って、車外に出ても、車が近くにある安心感があるじゃないですか。「狐狸庵」さんの夜みたいに、家から離れて、体ひとつで真っ暗な闇の中に入っていくと、夜って、こういうものだったなぁ...なんて思い出します。
〈虎〉秘境の蕎麦屋に泊まらなくては、できない体験ですよね(笑)。
〈蕎〉このあいだ行ったら、また泊まりに来いよって誘って頂いたのですが・・・。
〈虎〉また、行きたいですね。
〈蕎〉そのとき丹波の黒枝豆ですか、それを「狐狸庵」さんが店のそばの畑で作っているのを食べさせてもらったんですよ。これがまた味が濃くてね。何食べても美味しいですね。
〈虎〉あの店で、いちばん好きなものはなんですか?
〈蕎〉やっぱりお蕎麦ですね。
〈虎〉蕎麦も何種類かあったじゃないですか。
〈蕎〉ふつうに、せいろですか。皿蕎麦だったですけども。
〈虎〉たしかに皿蕎麦ですね(笑)。
〈蕎〉越前おろし蕎麦も食べましたし、メニューは全部食べましたが、ふつうにせいろ蕎麦が好きですね。意外においしいのは、うどんです。神戸から取り寄せている稲荷を使ったうどんがおいしいですよ。「はっと」も、エゴマの塩加減が良くて、おいしいです。
〈虎〉もう一軒、山を下りたところにあるのが「里味庵」さんですが、蕎麦そのものの味が濃厚ですよね。ああいう蕎麦が好きなんですね。
〈蕎〉まあ、蕎麦なら何でも好きですが(笑)香りのしっかりしている蕎麦が好きです。
〈虎〉「里味庵」さんは、「狐狸庵」さんに行ったとき、一緒に行ったんですか?
〈蕎〉ええ、そうです。あそこの粗挽きが、いいですね。
〈虎〉香りも味も濃いけど、都会の蕎麦に慣れている人は、太くて驚くかもしれないですね。
〈蕎〉殻が、たくさん入ってるからじゃないですか?
〈虎〉あれをもう少し減らしてくれたら、食べやすくなりますよね。
〈蕎〉蕎麦も美味しいですけど、そばがきも最高ですよ。一度食べてみてください。
〈虎〉殻を入れた黒っぽい麺を作るほかのお蕎麦屋さんでも、ヌキなり割れなりと、一緒に混ぜて挽くところが多いですよね。
〈蕎〉「里味庵」さんでは注文を受けてから打ち始め、打つところも見せていただけるんですよ。殻の入ってる粉と入ってない粉をブレンドしていましたね。たしか自分でソバの品種改良をして、毎年、そのソバの実を、日本各地の契約している農家に送って、栽培してもらっているようです。北は青森、秋田から、南は佐賀、宮崎...。
〈虎〉そこがよく分からないのは、青森と宮崎だと、まったく気候が違うじゃないですか。ソバの生態型でも、夏型、秋型があるし。同じ種を送って作ってもらってるわけでしょ?
〈蕎〉同じ種を送って作ってもらって、また送り返してもらってるというんです。それぞれの県の個性が出るといってましたね。
〈虎〉ああ、なるほど。すでにそれぞれの地域に合ったソバになっているのかな。
〈蕎〉そこらへんを取材されると...。
〈虎〉それが、なかなか教えてくれないんですよ(笑)。
〈蕎〉取材だと、言えないんですかね。
〈虎〉そうそう、たぶんね。お客としていくといいのかも(笑)。
〈蕎〉もう一度行ってみたいんですけど、「狐狸庵」さんと「里味庵」さんの両方に行くと、意外に時間が足りなくなってしまうんですね。
〈虎〉どちらも違った個性がある、魅力的なお店ですからね。
〈蕎〉「里味庵」さんも、全体的な地理からいうと秘境ですね。
〈虎〉全体的にみると、こんな山の中でということになりますね。しかも道路から外れていて。店の前まで大きな車で乗り付けると、たぶん出てこれなくなるんじゃないかな。
〈蕎〉そうなんですよ。店の前まで車で行こうとしたら、坂の最後が脱輪しそうな気がして上がれなくて、細い道をバックで戻ったんですよ。片側は崖でしょ。ガードレールもないので、落ちる可能性もあるかなと思いながら(笑)。
〈虎〉蕎麦つゆに関しては、興味ないですか?
〈蕎〉僕は、あまり興味ないですね。
〈虎〉つゆは、いつも使わないんですか?
〈蕎〉いや、使いますよ。美味しくないときは(笑)。東京のお蕎麦を食べる時にも使いますね。だけどやっぱり麺のおいしさを楽しみたいです。僕の好みとしては、蕎麦は粗挽きが一番。粗ければ粗いほどいいです。
〈虎〉じゃあ、2月に「蕎麦Web検定大学」の課外講座で来てくれる「ふなつ」さんの蕎麦が楽しみですね。
〈蕎〉ええ。「ふなつ」さんのお蕎麦は美味しいですよね。
〈虎〉今回は、出雲蕎麦の蕎麦打ちも、しっかり見せてもらえますから。
〈蕎〉蕎麦は粗ければ粗いほどいいと思っていたんですが、粗過ぎるとまた違う蕎麦の味があるということが、この前、わかりました。
〈虎〉それはどこで?
〈蕎〉金沢の「やまぎし」さんという店があるんですが、ともかく粗い蕎麦粉に、砕いただけの蕎麦の実を入れるという超粗挽き。粗い部分をよく見るとS字の胚が見えたりして(笑)。これだけ粗いと蕎麦の実そのものの味も強く出るんです。やはり蕎麦は打つことによって味がひき出されるんですよね。粉に挽いて、粗い粉と細かい粉があって、それが一体になったハーモニーのおいしさがある。「やまぎし」さんのはそれに蕎麦の実そのものの味も加わる。麺と実の組み合わせですよね。それにしても、砕いた蕎麦の実を混ぜた、あの蕎麦を繋いだ「やまぎし」さんの腕はすごいですね。やっぱり見た目のインパクトがあって驚きが大きいですし、また食べに行きたくなりますね。
〈虎〉ほかにない蕎麦というのは魅力、ありますよね。
〈蕎〉どこにでもある蕎麦なら、わざわざ遠くまで行く必要ないですから。そういう意味で、秘境の蕎麦屋さんというと、他所ではちょっと無いような蕎麦を出してくれると、お客さんも行きたくなると思うんですよね。まぁ蕎麦が普通でも、場所がほんとうに秘境なら、お客さんはたくさん行くかもしれないですが・・・。
〈虎〉あそこ、ご存知ですか。富山県の南砺(なんと)市にある「渓流荘」。庄川に沿った道端にあるんですけど、昔、国道沿いにあったんだけど、道がショートカットしてしまって、その残った旧い道端にあるんですよ。ずーっと前に行って、おいしかったという記憶があるんです。若い女性が店主をしていて、おじいちゃんに作り方を習って、炭焼き小屋をそのまま店にしたとかいう店でした。仙人でも住んでいそうな感じです。席に座ると、店の横に渓流が流れていて、見事な滝がドウドウと落ちているんですよ。あそこはいい店でしたよ。今度、行ってみるといいですよ。五箇山の方ですよ。
〈蕎〉じゃあ、まだ店はあるんですね。
〈虎〉もう無いかもしれないと思っていたんですよ。そしたらこの間、利賀村に行って、そこから伊那の方に抜けようと、ナビに指示されるがままに走っていたら、その店のある場所を通ったんです。結構お客さんが来ていそうな感じの汚れ方で...(笑)。
〈蕎〉じゃあ、今度行ってみます。
〈虎〉あの娘さんも大人になったのでは(笑)。あそこも秘境ですね。
〈蕎〉九州だと、熊本に万願寺温泉という所があるんですけど、さらに奥の水源近くにお蕎麦屋さんが、2010年12月まであったんです。これも、こんなところに店があるのかと不安になりながら入っていくとお店があって、多くのお客さんが来ていました。
〈虎〉九州には秘境の店が多いんですか? 高千穂とか、地形の険しいところがありますけど。
〈蕎〉秘境の店は、多いと思います。椎葉にも行きました。ここの「わくど汁」とか、蕎麦がきとか、日本で唯一、昔から続いている焼き畑で作った蕎麦の味は濃厚ですね。
〈虎〉柳田邦男が書いた、日本一の秘境ですね。
〈蕎〉高千穂には、お蕎麦屋さんで天然の鰻を出す店がありますよ。値段も安いし、めちゃめちゃ美味しいんですよ。五ヶ瀬川の支流の奥深くへ入り、テグスとチヌ針の仕掛けで捕るのだそうです。
〈虎〉蕎麦はどうなんですか?
〈蕎〉田舎蕎麦です。ぼそぼその切れる蕎麦です。そういう蕎麦が好みの人には、おすすめですね。
〈虎〉ぼそぼそで切れるなんていうのは、最近遭遇していないですね。要するに殻が多いんですか?
〈蕎〉玄蕎麦からの挽きぐるみですね。殻がしっかり入っていて、さっくりいく感じですね。
〈虎〉妙高の「こそば亭」にしても、挽きぐるみで殻が入っているけど、おいしいじゃないですか。ぼそぼそしてるなんてことはないですよね。その高千穂の店は、季節的に悪かったんですか?
〈蕎〉そうではなくて、蕎麦を打つ技術の違いだと思います。
〈虎〉じゃあ、太めですぐ切れちゃうんですね。
〈蕎〉きっと細く打てないんでしょう。水まわしも、そのほかの技術も、昔ながらの作り方で、東京風に打っていないんだと思います。おそらく田舎の蕎麦は、それが普通なんだと思います。九州の長崎で蕎麦屋さんに入ったときも、女の人がやっている蕎麦屋さんなんですが、店の人が言うんです。「地元の人は、全然うちの店に来ないんです。なんでかというと地元のおばあちゃんたちが、こんなもんは蕎麦じゃないというんです」。黒くて太くて、ぶつぶつ切れる蕎麦のことを言ってるんです。どの地方へ行っても、そういうことを聞くので、地方の蕎麦というと、もともとそういうものだったんだと思います。のどごしなんていうものではないですね。
〈虎〉つなぎは入れますか?
〈蕎〉そこは入れてないです。切れる蕎麦を鹿児島で食べたときに、そこのご主人が「うちはコシがあるから」というんですが、でも切れるんですよ。じゃあ、ご主人の言ってる「コシ」ってなんだろうと思うんです。コシはコシでも、粘り腰なんていうものなのかなぁと(笑)。麺として、ぎりぎり繋がっているんですよ。箸で持つと切れてしまうんです。だから、ぎりぎりつながっているのがコシなのかなぁと思うんです(笑)。
〈虎〉関東で言うコシがどういうものかということは、ご存知ないのかもしれませんね。
〈蕎〉コシについてお蕎麦屋さんに入って聞くんですが、だいたいが硬さっていう答えが返ってきます。鹿児島へ行くと「コシ」というのは意味が違うんだろうなと思います。今度行ったときに、もっと詳しく聞いてきます。
〈虎〉そこへいくと「里味庵」さんの蕎麦は、良く繋がっていますね。
〈蕎〉あれはもう、田舎の蕎麦じゃないですね。
〈虎〉「狐狸庵」さんも田舎の店ですが、よく繋がっていますね。機械打ちですけど。
〈蕎〉ほんとの意味で田舎というのは、黒くて太くてぶつぶつ切れるタイプじゃないかと思うんです。東北へ行くと、どうなんだろうかと思いますが。
〈虎〉そう考えると、会津は田舎なのに、田舎らしからぬ食文化がありますね。さらしな蕎麦が郷土蕎麦になっている。しかも細切りです。細い蕎麦は粋で、田舎蕎麦は太くて黒くて切れる野暮な蕎麦ということが常識として言われていますが、僕は、粋だから細くするとか、蕎麦を打っている人が不器用だから太くなるとか、そういうこととはちょっと違うのではないかと思うんです。誰でも、ものを食べるときは、なるべくおいしい食べ方をしようと工夫しますよね。粋だから、まずい食べ方でいいやとは思わない。やっぱりいつの間にか、おいしい食べ方のほうが選ばれて残るわけですよ。だから、太くてぶつぶつ切れる蕎麦を、地域のみんなが食べていたら、そういう食べ方が、地元の蕎麦のおいしさを、最も引き出す食べ方だったのではないかと思うんです。今度の課外講座で来ていただく「ふなつ」は、昔の蕎麦の食べ方が、いちばん美味しかったから、それを再現している店なわけです。ぶつぶつ太くて黒くて切れるけれど、その食べ方がおいしかったから、出雲ではみんなが、そういう食べ方をしていた。郷土蕎麦というものは、昔は蕎麦店じゃなくて、みんな地元の人が自分で打って食べていたわけです。そうした中で、この食べ方がうまいというので合意ができて、それが広がって地域全体の合意となって、郷土蕎麦として残ってきたのだと思うんです。だから、太くてぶつぶつ切れるけれど、とてもおいしい蕎麦は、あちこちの田舎に存在していたと思うんですよ。今となってはわからないですが。だいたい蕎麦粉のおいしい地方の蕎麦は、太くなる傾向があるようですね。
〈蕎〉地方の蕎麦で言うと、新潟のへぎそばはつながっていますし、小麦粉を使っているか、布海苔使っているかの違いですが、細いですね。粋だと言えば粋だと言えますね。それからオヤマボクチを使えば、薄くて針金みたいなすごい蕎麦ができますね。だから、地方がみんな太いというわけじゃないですね。
〈虎〉それぞれの地方の食文化には、個性がありますね。江戸時代の日本は、藩ごとに一つの区切りになっていましたから、その中で食文化が、ある程度まとまっていたんだと思います。会津では「こづゆ」を食べるとかね。
明治以降に、東京の蕎麦の作り方が地方に知られるようになって、地方の蕎麦も変わったんじゃないかと思うんです。だから東京の蕎麦のスタイルが地方の蕎麦を、どういうふうに侵食していったのかを調べるのも面白いかもしれませんね。鮨なんかでは、理由があるんですよ。戦争が終わって配給制のときに配給の券を持っていくと、鮨をいくつもらえるというシステムがあったんです。関東大震災のときに東京が壊滅状態になったので、鮨職人が仕事をなくして地方に散らばって行った。それで江戸前握り鮨が、一気に全国に広まったという経緯があるんです。蕎麦については、あまりそういうこと聞かないから、調べるのは難しいかと思うけれど、おもしろいでしょうね。各地方、意外と観光客の影響が大きいだろうと思うんですよ。
〈蕎〉岩手のわんこ蕎麦なんかも、観光客のための蕎麦になっていますよね(笑)。そうそう、松本の奈川地域でも、昔はわんこ蕎麦みたいな食べ方をしてたと言ってましたね。
〈虎〉そうですね、昔は、客のお椀に放り込んだと言ってましたね。
〈蕎〉そういう中では、観光客が東京から最も行きにくい鹿児島の薩摩蕎麦なんかは、昔のままを残しているんじゃないかな。観光客の影響は少ないんじゃないですかね。もともと独自の文化を持っていた県ですから。鹿児島は、昔からの店へ行くほど、切れやすいお蕎麦が出てきます。鹿児島へ初めて行ったとき、腹が立つほど切れましたね。箸で持つと、持った先から切れてくる(笑)。なんだこれ、茹で過ぎじゃないのなんて思ったけど、あとで、そういうものなんだと知りました。
〈虎〉それ、ざるなんですね?
〈蕎〉そうです、ざるを頼んだのです。箸の動かし方が悪いとすぐ切れてしまうんです。
〈虎〉田舎では、前にいちど茹でて保存しておいたものを、また温めて食べるということがありますから、温かい蕎麦で切れるというのは経験があるけれど、ざるで、そこまでねぇ(笑)。
〈蕎〉それが温かいのになると、さらにひどい。持ったさきから切れて、すすれない。どんぶりで、かっ込むしかない。レンゲが欲しかったです(笑)。
でも、食べ慣れると美味しくてまた食べに行きたくなるんですよ。もう何度も通っています。(笑)
〈虎〉秘境の蕎麦屋さんって、西の方に多いですね。なんで西の方に多いんでしょうね。
〈蕎〉東の方は雪が多いので、秘境は行くのが厳しいですしね(笑)。長野県の小谷温泉の近くにランプの明かりで営業するお蕎麦屋さんがありますが、冬場はお休みしています。
〈虎〉西の方は秘境と言っても住みやすいのかな。長野、松本あたりの、北アルプスの秘境では、なかなか客も来ないだろうしね(笑)。また、面白い店があったら教えてください。
インタビューが終わったあと、近くの立ち食い蕎麦屋で温かい蕎麦を食べて、お別れしました。蕎麦人さん、どうも、ありがとうございました。ブログ、楽しみにしています。・・・・・終