田舎の小さな町にある、小さなそば屋さん。ちょっと頑固なご主人が、手打ちそばを打って、おいしいそばを出している。知る人ぞ知る小さな名店......行きたいですよね、そんなそば屋さん。
こういうお店が、福井県には、たくさんありまです。
小さな町の魅力的なそば屋さん、何軒かご紹介しましょう。
・・・・・・・写真と文=片山虎之介
おいしい蕎麦は、小さな蕎麦屋にあります
福井のそば屋さんは、どの町の、どこのお店に入っても外れがありません。
店によって個性も様々。どのお店にも常連客がついています。
福井では、おいしくないそば屋さんは続きません。なぜなら、すべてのお客さんがそば通だから。おいしいそばの味を熟知しているので、今、元気に営業を続けている店は、すべて、地元のそば通のお眼鏡にかなった味ということになります。
そうしたそば屋さんの中には、駐車場に県外ナンバーの車が並ぶ店も珍しくありません。
小さなそば屋に、長い行列。これが福井の町の、日常の風景です。
福井では、小さなそば屋さんが輝いて見えます。
福井県・大野市『えびすや』の、おろしそばが評判です
福井県には、おいしい「おろしそば」を提供するお店が何軒もありますが、『えびすや』は、その一軒。
「おろしそば」とは、大根おろしの汁を、地元の醤油などと合わせておいしい汁に仕上げ、麺にかけて食べるそばのことを言います。福井県は昔の呼び名を「越前」といいましたが、このそばは「越前おろしそば」の名前で、福井名物として、そば好きの人たちに良く知られています。
福井の名店・勝山市の『手打ちそば 八助』は超人気店
『手打ちそば 八助』は関東地方から通う常連客も多く、味、雰囲気ともに、福井県の小さなそば屋を代表する一軒です。
この店は明治時代から製粉所として仕事をしてきたのですが、今の主人の代に、そば屋も併設して始めました。そのそばがおいしいと評判になり、遠方からもお客が集まるようになりました。
味の良さはもちろん、いかにも「小さな町の小さなそば屋」といった雰囲気の良さも抜群なので、おもむきのある、たたずまいを楽しんでください。
おすすめは、「おろしそば」や「とろろそば」。「もりそば」も人気のメニューです。
『手打ちそば 八助』の店の外観は、古い時代の製粉所のまま。小さな町のそば屋の魅力が、ここに詰まっています。
福井県・勝山市といえば「恐竜博物館」と「雪むろそば」
何万年という時間をタイムスリップして、恐竜が生きていた時代を体験できるのが「恐竜博物館」。
それと並び称される人気のそばが「雪むろそば」です。
これは、雪をたくさん詰め込んだ倉庫「雪むろ」に、そばの実を保管しておき、いちばん暑い季節に、それを取り出し、打って食べるのです。
真夏に、新そば以上においしい蕎麦が味わえるという驚きのそば。まるで新そばの季節までタイムスリップするような嬉しい体験が、福井県勝山市でできます。
勝山市の「雪むろそば」がおいしいのはなぜ?
「雪むろそば」は、「福井在来種そば」というソバの一種、「勝山在来」を使って作ります。
勝山市で栽培された「勝山在来」を使っているから、おいしいのです。
勝山在来がおいしいのには、理由があります。
昔から、この土地で、ずっと栽培され続けてきた「在来種のそば」は、土地の気候風土に馴染んでいるため、味がしっかり乗っているのです。
その実を「雪むろ」で保存すると、そばの実は、春がきても夏がきても、季節が変わったことに気づかず、深く眠り続けるのです。
その眠りが勝山在来のおいしさを、さらに熟成させて、別格のレベルにまで引き上げます。
極上のそばが栽培される福井県の中でも際立っておいしいと「雪むろそば」に人気が集まるのには、「なるほど」と納得できる、このような理由があるのです。
(福井在来がおいしい理由は、「在来種の蕎麦がおいしい理由」の記事に詳しく解説してあります)
福井県・大野市の老舗はメニューも多彩『そば処 梅林』
福井県を訪ねたら、ぜひ、そばの食べ歩きをしてください。
県内の市、町ごとに、名店と呼ばれる小さなそば屋が、いくつもあります。
これらの店は個性が豊かで、店ごとに特徴のある味が楽しめるのです。
そば処 福井県の楽しみ方は、町の小さな蕎麦屋さんを食べ歩きながら、土地の人々の温かい人柄に触れたり、その土地の名所を見たりすることです。
大野市の老舗そば屋『そば処 梅林』には、遠方から常連が足繁く通う、魅力的なメニューがたくさんあります。
そのひとつが「肉そば」。おいしいそばと、おいしい肉を合わせたら、何倍もおいしくなるに決まっています。
味付けは、長い年月、秘伝として守られてきた絶妙の塩梅。微妙な「さじ加減」が、おいしさを際立たせるのです。
寒い季節だけでなく、夏のスタミナ補給にピッタリと注文が絶えない『そば処 梅林』の「肉そば」。「おいしいから食欲の落ちた夏も食べられる」と評判です。
基本の「ざるそば」も、極上の出来。福井県には、多彩なそばの食文化があります。
落ち着いた店のたたずまいに、旅の疲れもとれるようです。『そば処 梅林』
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福井県・勝山市にはランチが人気の『食庵 おり田』があります
おいしくてリーズナブルなランチが食べられるとクチコミで人気が広まったのが福井県・勝山市の『食庵 おり田』。お昼が近づいて、おなかが空いた人には見逃せない店です。この店でも、夏には「雪むろそば」が味わえます。
「雪むろそば」が提供されるということは、名店であることの証(あかし)です。
「この店の雪むろそばが食べたい」と、お客さんが求めるから、貴重な「雪むろそば」を仕入れて、そばを打つのです。
人気の「ざるそば」から、トッピングの刻み海苔をのぞいたそば。そばの香りを大切にするそば好きの人に好評の食べ方です
油揚げを刻んで、玉子と一緒に具材にした、地元のそば好きが大好きなメニュー「刻み揚げそば」。
「ふくい新そばまつり」は、おいしさが際立つ「在来種の新そばまつり」です
5年後には北陸新幹線がのびる、そば処・福井県には、いったい、いくつのそば産地があるか、ご存じですか?
ざっと挙げると、丸岡、坂井市、永平寺町、福井市、越前町、南越前、あわら、勝山、武生、鯖江、池田、今庄、大野、鯖江、これらがすべて、個性に富んだそば処なのです。
これほど多くのそば処が集結する県は、なかなかありません。
しかも、これらの地域のそばのおいしさは、折り紙付き。何しろ、それぞれの地元で栽培される在来種を使っているのですから。
そば通の方なら、「おっ!」と、うれしくなるような名前が、いくつも出てきます。丸岡在来、勝山在来、永平寺在来、今庄在来、大野在来など。関東地方でも「こだわりのそば屋」といわれる名店に行くと、これらのそばを使ったメニューを提供している店がたくさんあります。そうした店では、福井産の在来種は、いわばお店の看板商品になっているのです。
福井県内のそば処のそばが、福井駅前の会場に集結するのが、毎年、11月に開催される「ふくい新そばまつり」です。
江戸時代の昔から、そば通が首を長くして待ったのは、秋に収穫される秋の新そば。秋の新そばだから「秋新」とも呼ばれます。
在来種の「秋新」には、日本そば本来のおいしさが備わっています。
「ふくい新そばまつり」の会場で、福井各地のそば処のそばを味わったなら、そのおいしさに、「なるほど、福井県の人がそば好きになるのも無理はない」と、きっと思われることでしょう。
「全日本素人そば打ち名人大会」も同時開催
「ふくい新そばまつり」では、主要なイベントとして、全国からそば打ち愛好家が集まって、腕を競い合う「全日本素人そば打ち名人大会」が開催されます。
北から南、各地で行われる予選大会を勝ち抜いてきた人たちは、「ふくい新そばまつり」の会場で、「全日本素人そば打ち名人大会」の決勝大会にのぞみます。ここで優勝した人には、「第23回名人」の称号が贈られるのです。
この大会は、もう23年も続いている、歴史ある大会です。その歴代名人の中に並ぶことができるのですから、参加する人たちも真剣です。
張り詰めた空気の会場に、そばを打つ麺棒の音が響きます。
厳正な審査によって選ばれた優勝者に賞状が渡される表彰式は、新名人はもちろん、会場に集まった誰もが感動する場面です。
おいしいそばと、感動と、人々の喜びを、そばがひとつに結びます。
「ふくい新そばまつり」は、福井そばのすばらしさをすべての人が共有できる、「在来種の新そばまつり」なのです。
地元に育つ、そばを愛する若い力
古い街道に沿って、歴史のあるそば処が並ぶ福井県では、そばの食文化の伝統を守ろうという若者たちが増えています。
高校にはそば部があり、熱心な部員たちが、日々、そば打ちの技を磨いています。
指導するのは、地元のそば店のご主人。忙しい店の仕事の合間を縫って、高校生たちに、地元に伝わる打ち方を指導しています。
ときには群馬県など他の地域から、そば打ちの上手な高校生を招き、その技術を勉強します。
こうした機会を通じて、県外のそば処とも交流が深まり、新しい時代のネットワークが育っています。
そば部で腕を磨いた高校生が、昨年、初めて、「全国素人そば打ち名人大会」に出場しました。
23年続いた大会でも画期的なことで、福井のそばに新時代が到来したと、地元の人たちは喜んでいます。
こうした若い力が、日本一おいしい「福井在来」の味を守っていくのですから、福井のそばのおいしさは、さらに磨かれていくことでしょう。
福井を訪ねて、小さな町の小さなそば屋さんで、その味を楽しんでください。
今年で23年目を数える「全日本素人そば打ち名人大会」(主催:福井そばルネッサンス推進実行委員会)は、最も権威あるそば打ち名人大会で、日本中のそば打ち愛好家の憧れの舞台です。
2018年11月10日、福井駅前の「ハピリン」で開催された「ふくい新そばまつり」の会場で、「第23回 全日本素人そば打ち名人大会」が行われました。
全国16会場で行われた予選に参加した426名の中から、福井の決勝大会に勝ち進んできた方は51名。いずれも各地を代表する腕自慢揃いです。
激戦の結果、23代名人が選出されました。
名人、準名人は、以下の方々です。
23代名人 仲山 徹さん(茨城県)
準名人 前田幸孝さん(京都府)
準名人 林 牧子さん(石川県)
(福井には、未来を担う高校生の若い力が育っています)
(ふくい新そばまつりの会場)
ふくいそば打ち講座2018(8月)実施要領
このイベントは終了しました
日 時 平成30年8月11日(土) ①11:30~ ②14:30~ ③17:30~
12日(日) ④11:30~ ⑤14:30~
①,②,④,⑤は基本コース、③は経験者コース
<全5回、各回2時間程度>
場 所 ふくい南青山291 2F多目的スペース
主 催 福井そばルネッサンス推進実行委員会
内 容
①イントロダクション(そば処福井の紹介、そば打ち手順説明)
②そば打ち名人のデモ打ち(全日本素人そば打ち名人大会の名人によるデモ打ち)
③そば打ち体験(参加者が実際にそば打ちを行う)
④越前おろしそば試食(打ちたてのそばを試食 ※自分の打ったそばは持帰り)
※そば打ちは基本コースはふくい伝統の技法「一本棒・丸延し」、経験者コースは「三本棒」で打つ
定 員 各回12組(1組4名まで)
参加費 基本コース 1組 5,000円
経験者コース 1組 5,500円
その他
(1)講 師 全日本素人そば打ち名人大会 第9代名人 岡本 幸廣
(2)講師補助 蕎遊房(きょうゆうぼう)
※蕎遊房・・・都内の越前そば愛好団体。過去の291そば打ち講座で技術を習得した愛好家を中心に結成。
おいしい蕎麦が食べたくなったら、私は迷わず北陸新幹線に乗る。
蕎麦が食べたい気持ちと一緒に頭に浮かぶのが、福井の、あの蕎麦屋、この蕎麦屋のメニューの数々だ。
舌先をくすぐるように細切りの蕎麦が滑っていく、感動の食感がよみがえってくる。
福井の蕎麦は、福井に行かなければ食べられない。
そこがいいのだ。
おいしい蕎麦は、福井にある。
福井の蕎麦は、なぜ、こんなにおいしいのだろう。
栽培しているソバが在来種だからなのか。
それとも、蕎麦の食べ方、食文化によるものなのか。
あるいは、その両方が原因なのか。
おいしさの理由を、解明してみたい。
福井の蕎麦、在来種の特徴とは?
福井県は、蕎麦に関しては、他に例を見ない不思議な地域だ。
「不思議の国のフクイ」と呼びたくなるほど、変わったことをしている。
何をしているかというと、すべてにおいて効率が優先されるこの時代に、いまだに在来種のソバを栽培しているのだ。
福井以外の県では例外なく、改良品種のソバを主力に栽培を行っている。
改良品種のソバのほうが、効率良く、たくさんの量が収穫できるといわれているからだ。
つまり、「量」を最優先に、蕎麦という食物を生産しているのだ。
それに対して福井県は、ソバの品種改良を行わなかった。
在来種を育て続けたのだが、在来種のソバは収量が少ないうえに、栽培が難しいと言われている。もちろん収量は多いほうがいいので、福井県は、福井の在来種の中でも、比較的大粒の種子を、県内の自治体で積極的に栽培してもらおうと、農家に提案したことがある。
これが見事に却下された。
「私たちが今まで育ててきた、この土地の在来種のほうが絶対においしいから、変えるのはいやです」と、種子を変えることを拒否した。
福井の農家は、「量」よりも「味」を優先したのだ。
似たようなことが、ほかの県で起こった実例がある。
蕎麦処として知られる、ある県で、ある年、大きな台風がきて、地元で昔から栽培を続けてきた在来種のソバが全滅した。来年、畑に蒔くための種子もとれないほど、大きな被害を被ったのだ。
そこで、その県は改良品種のソバを栽培するように、農家を指導した。
この品種は、Kソバという名前だとしておこう。
農家は、言われた通り、Kソバの種を蒔いた。
ソバは育ち、草丈がグングン伸びた。
在来種のソバとは比較にならないほど、大きく育った。
大粒のソバが、たくさん実り、今までにないほどたくさんのソバが収穫できた。
農家は、大喜びだった。
しかし、翌年、なぜか農家は、Kソバの種を嫌い、地元の一部の農家にわずかに残っていた在来種の種を、少量ずつ分け合い、これを増やす形で栽培を始めたのだ。
なぜ、たくさん収穫できるKソバを嫌うのか。
「Kソバは、量はたくさんとれるけれど、もともと私たちが栽培していた在来種のほうが、ずっとおいしいから、やっぱりそっちを育てたい」というのが、農家の言い分だった。
地元に蕎麦の食文化が生きる地域では、蕎麦はおいしさが重要なのだ。
これは、自分たちで食べるからという理由もあるが、同時に蕎麦は、冠婚葬祭などで大切な客に振る舞う、その家の接待の道具でもあるからだ。
接待の料理がおいしくなかったら、家の面目が丸つぶれになる。
「蕎麦が打てなければ、お嫁に行けない」と言われた時代があったが、これは誇張した話ではない。現実の問題として、冠婚葬祭など大切な行事の際、一家の主婦が、賓客への接待である蕎麦が打てなかったとしたら、「あの家は、客をもてなすこともできない」と、笑われてしまうのだ。
だから人々は蕎麦打ちの技術を競い合い、「あっちの村より、私の村のほうが、蕎麦がおいしい」と、自慢しあったのだ。
ときに、「あの村の蕎麦は、おいしくない」という噂が流れると、おいしくないと言われた村の人々は怒り、「どっちの村の蕎麦のほうがおいしいのか、食べ比べてみようじゃないか」と、村一番の蕎麦打ち名人が、麺棒を持って勝負をしに出かけたものだった。
蕎麦は、このように、人々の生活の根っこの部分に、分かち難く結びついた食べ物なのだ。それは単なる食べ物の域を超えて、人々のプライドにかかわるほどの意味を持つ、生活に欠かすことのできない必需品なのだ。
福井の古文書に残る蕎麦の記録
文化八年(1811)というから江戸時代中期、幕府から福井に派遣された役人に、村の人たちが、ご馳走として蕎麦をふるまったという記録が残されている。
この時代、福井から遠く離れた江戸では、買い物のガイドブックである「名物商人ひやうばん」に、『巴町砂場』(現在、東京で最も古い歴史を持つ蕎麦屋)の前身である『久保町砂場』が掲載されるなど、蕎麦の食文化が隆盛を極めていた。
福井でも、蕎麦は庶民にとって最高のご馳走であった。
幕府からの大切な客である役人にふるまった蕎麦の記録を見ると、夕食に「蕎麦切」と「汁 だし」を提供し、小皿には、大根おろし、柿、ねぎ、わさび、浅草のり、花かつおを添えたことが記されている。
興味深いのは、「汁 だし」と書かれている点だ。
当時、醤油はまだ高価なものであり、「煮抜き」や「垂れ味噌」など、味噌系の調味料が一般的であった。特に地方では、味噌を大根おろしの汁の中に溶かし込むような食べ方をする例が多かった。
この古文書では「汁 だし」と書かれているところをみると、あるいは醤油を使った汁だった可能性もある。
さらに薬味が何種類も添えられ、実に贅沢な仕立てであることがわかる。
他者を歓迎する気持ちを伝えるために、精一杯のことをして、最高のおいしさを味わってもらおうとするのが、もてなしの食文化である蕎麦の特徴なのだ。
福井には、いまだに、蕎麦の食文化が、きちんと守り伝えられている。同時に蕎麦のおいしさも、しっかり守り伝えられている。
だから、福井の蕎麦はおいしいのだ。
ふたつめの「おいしさの理由」
蕎麦のおいしさの理由が食文化にあるとしても、使う材料が変わってしまったら、食文化は意味をなさない。
福井県は、日本全国を見回しても、唯一、もとの材料を変えなかった県だ。つまり、他の県が競い合うように品種改良を行っている間、福井県は何もせず、じっと黙って見ていた。品種改良という意味では、福井県は最後尾を走るランナーだった。
それが、日本人の価値観が変わり、食べ物に、量よりも味、値段の安さよりも安全性を求めるようになった結果、ビリッケツのランナーだった福井県は、一気にトップランナーとして躍り出たのだ。
今、福井の前を走る者は、誰もいない。
日本一おいしい蕎麦として、どんどんスピードを上げ、他を引き離している。これが福井の今の状況なのだ。
福井県には、ざっと数えて、10種類以上の在来種がある。
それぞれの地域で、大切に栽培されている。
関東の味のわかった製粉業者は、「福井産の蕎麦は、独特な味がする」と言う。
福井県以外の県は、改良品種が中心の生産である。
福井県は、すべて在来種だ。
この違いが、「独特な味」という表現につながるのだ。
在来種のソバの味の特徴は、「雑駁(ざっぱく)」であるところにある。収穫された実の中に、十分に熟した実と、まだ未熟で緑色をした実が、混在しているのだ。
それに対して改良品種のソバは、ほぼ同じタイミングで熟していく。畑に蒔いた種が育つと、同じ時期に花をつけ、同じスピードで実るようにコントロールされていることが、改良品種の特徴だ。
この違いが味として出る。
コーラスにたとえていうならば、バス、テノール、ソプラノ、アルトなど、いろいろな音が混在しているから、ハーモニーの美しさが出るのであり、もしも全員がバスであったなら、合唱は味気ないものになってしまうだろう。
福井の在来種には、多彩な音色が混在している。
「福井県の蕎麦は、独特な味がする」という製粉業者の言葉は、褒め言葉だと受け止めていい。
「在来種そば王国・福井」の蕎麦であることを讃える、賞賛の言葉なのである。
寒さと雪が、福井の蕎麦をおいしくする
平地の多い福井県では、水田が多い。
昔は、水田を作ることができない山の斜面などで焼畑をして、ソバを栽培した。焼畑で開いた山の畑は「なぎ」と呼ばれた。
今では、水田の転作にソバを作るが、ソバという作物は、多すぎる水に弱い。雨が多すぎると実りが悪くなるし、畑の排水が悪くて根が水に浸かっていると、これも結果が思わしくない。
そのため福井県では、土地改良に力を入れていて、水田転作でありながら水はけが良く、ソバ栽培に適した土地が多い。
だから、おいしい蕎麦を生産することができるのだ。
福井の夏は暑い。
それとは対照的に、冬の寒さが厳しくて、降雪が多い。
特に、奥越と呼ばれる勝山や大野地区は豪雪地帯で、降雪量の多い年には、家の軒先に達するほど雪が積もる。
この冬を乗り切るため、昔から人々は、野菜などの食料は、干したり、土に埋めたりして保存する方法を工夫してきた。
今ではほとんど見られなくなったが、庭など、家の近くに、わらで編んだ小さな小屋のような「つぐら」を作り、そこに野菜を保存することが、各家庭で行われた。こうすると雪が深くなっても野菜が凍らず、おいしい状態で長期間の保存が可能になる。
今でいう雪中貯蔵の方法である。
深い雪の中での暮らしは過酷だが、蕎麦には悪くない影響がある。雪に埋もれた倉庫で保存すると、温度、湿度が自然の状態で一定に保たれるため、蕎麦にストレスを与えず、味を良くしながら保存することができるのだ。
福井では今、伝統の貯蔵技術を活用して「雪室(ゆきむろ)」で蕎麦を保存する活動を開始している。
具体的には、冬、数メートルの深さに積もった雪を倉庫に詰め込み、「雪室」状態にして、そこに玄ソバを保管する。雪の冷たさを利用して、蕎麦の劣化を防止し、おいしさを保持しようとする取り込みだ。
真夏になっても、この雪室に保管したソバは、新蕎麦と変わらないおいしさが維持されることがわかっている。
むしろ、新蕎麦よりもおいしくなっているという意見もあるほどだ。
福井には、今、時代が必要とする新しい食文化が生まれて、育ちつつある。
雪室のほかに、いくつもの取り組みが、それぞれの地域で始まっている。
「日本一おいしい蕎麦処」としてトップランナーになった福井県は、どんどんスピードを上げ、他の追随を許さない。
これからますます、福井の蕎麦のおいしさは、磨き上げられていくことだろう。
今年はもちろんだが、来年、再来年、福井を訪ねたら、いったい、どれほどおいしい蕎麦が味わえるかと思うと、蕎麦好きは、ほおが緩むのを止められなくなるのだ。
【取材にご協力いただいた店】
手打ちそば 八助
☎︎0779-88-0516
住所/福井県勝山市栄町1-1-8
営業時間
11:00~14:00
17:00~21:00
(蕎麦がなくなり次第終了)
定休日/水曜の夜、木曜(木曜が祝日の場合は営業)
手打ちそば どうせき
☎︎0779-88-0667
住所/福井県勝山市元町1-5-22
営業時間
11:30~14:00
17:00~20:00
定休日/水曜
十割蕎麦 だいこん舎 (だいこんや)
☎︎0778-32-3735
住所/福井県丹生郡越前町小曽原120-3-20 越前陶芸村 陶芸館隣り
営業時間
平日11:00~15:00、土日休日11:00~17:00
夜は要予約
定休日/月曜 (祝日の場合営業、翌日休み)
毎年、恒例の「ふくい新そばまつり」が、今年は「ふくい味の祭典」と連携して、11月4日(土曜)、5日(日曜)と、翌週の11月11日(土曜)、12日(日曜)を使い、合計4日間の大規模な食の祭典として開催されました。
中でも注目されたのが、初めての開催となった「郷土そばシンポジウム」です。
これは日本中に存在する郷土そばの食文化をもう一度見直すことで、福井の蕎麦の美味しさを、深く理解しようという目的で開催されました。
パネリストは、信州大学の井上直人教授、福井県立大学の高橋正和准教授、福井そばルネッサンスから蕎麦屋さんの代表として『たからや』のご主人・宝山栄一さん、製粉の専門家として斉藤製粉所の齋藤 稔さんが参加しました。
コーディネートと司会は、片山虎之介がつとめました。
写真左より、片山虎之介、井上直人教授、高橋正和准教授、宝山栄一さん、齋藤 稔さん。
シンポジウムのテーマは「蕎麦の美味しさの謎を解く」。パネリストの研究者、専門家が、それぞれの視点から、蕎麦の美味しさについて解説し、郷土そばの食文化の秘密が明らかになりました。
在来種そば王国・福井に、またひとつ、そば食文化の新しい歴史が刻まれました。
「ふくい新そばまつり」から一週間後の、土、日曜日には、「ふくい味の祭典」が開催され、この日は「日本蕎麦伝統技能保持者」の認定会も開催されました。
一本棒・丸延しの達人が、福井を始め、関東地方からも参加して、見事な蕎麦打ちを披露しました。
日本蕎麦伝統技能保持者の認定会では、あたりまえのように十割蕎麦で打つ参加者が多く、技術の高さと、その蕎麦の美味しさには、関係者から驚きの声があがっていました。
一本棒で打った蕎麦を味わった見学者は、独特な食感のもちもち感に魅せられて、「私も来年は日本蕎麦伝統技能保持者の認定会を受けます」と宣言する方が、何人もいました。
福井の蕎麦、どんどん美味しくなっています。
今回の4日間の食の祭典を体験して、郷土そばの新しい時代は、すでに福井から始まっているのだということを実感しました。
会場は、福井駅西口のハピリン。
「ふくい新そばまつり」の、全国素人そば打ち名人大会の様子
毎年恒例の「ふくいそば打ち講座」を東京・南青山で、今年も開催しました。
12月2日(土)、3日(日)に、多くの方にご参加いただき、福井県産、大野在来の新そばを打っていただきました。
基本コースは、福井伝統の「一本棒・丸延し」の打ち方。十割そばを打ちました。
主催・福井そばルネッサンス推進実行委員会、共催『蕎麦Web』です。
また、2018年の夏に、ふくいそば打ち講座を予定しています。
『蕎麦Web』で告知しますので、ご参加ください。
楽しい時間をご一緒させていただいた皆さんとの再開を、楽しみにしています。
在来種のそばが、おいしい理由
福井の「あわら在来」「丸岡在来」を例にとって
写真と文・片山虎之介
在来種の蕎麦とは、その土地で昔からずっと作り続けられてきた蕎麦のことをいう。
つまり、品種改良されていない、昔ながらの蕎麦のことだ。
今では、在来種を栽培している地域は、日本中を探しても、とても少なくなってしまった。
唯一、福井県だけが在来種の蕎麦を大切にして、県をあげて作り続けてきた。
なぜ、福井県は、在来種の蕎麦にこだわったのか。
その理由は、この蕎麦がおいしいからだ。
在来種の蕎麦がおいしいのには、理由がある。
福井の人たちは、蕎麦好きだ。
なぜ、在来種の蕎麦がおいしいかという理由はわからなくても、食べてみれば、一発でわかる。
「福井の蕎麦は、おいしい」
自分たちで感じた、その事実だけを信じて、福井の人たちは、在来種の蕎麦を守ってきた。
その結果、宝物のような在来種を現代に残す「在来種そば王国・福井」が出現したのだ。
今や福井の在来種は、蕎麦の世界では怪物と呼んでいい。
質、量ともに管理され、圧倒的な規模で栽培されている。
日本では、外国から輸入された蕎麦が大量に消費され、蕎麦の世界を支えている。輸入の蕎麦がなければ、日本の蕎麦業界は立ちいかない状況にあるのが現実だ。
それと同じく、福井で生産される蕎麦は、質の面で、日本の蕎麦の世界を支えている。この蕎麦がなかったら、日本蕎麦のおいしさの水準は、維持できないだろう。
【在来種の蕎麦がおいしい理由】
蕎麦はなぜ品種改良するのだろう。
いろいろな目的があるが、収穫できる量を増やしたり、病害虫に強い品種を作ったり、大量に栽培して収穫する際の作業効率を良くする目的で、品種改良することが多い。
品種改良された蕎麦は、どの実も同じ個性を持つようになる。
播いた種は同じ時期に発芽し、同じ時期に花が咲き、同じ時期に熟して収穫適期をむかえる。
こうするとコンバインで一斉に刈り取る際、すべてが同じように熟しているので、効率良く収穫できるのだ。
播いた種は、早く発芽するものもあれば、遅く芽を出すものもある。草丈が高く伸びるものもあれば、背の低いものもある。早く実るものもあれば、ゆっくりと熟していき、他の実が黒く熟しても、まだ緑色のものもある。
こうした在来種の特徴を「雑駁(ざっぱく)」であるという言い方をする。
雑駁とは、様々なものが入り混じっている意味で、統一がとれていない状態を指す。在来種は雑駁であるという言い方をするとき、あまり良い意味では使われていないようだ。
実が熟す時期がバラバラだと、コンバインで収穫する際、未成熟な実が混ざるので収量が落ちる。
だから在来種は良くない、という論法になる。
しかし、食味の面からみたとき、私はこの「雑駁」の中にこそ、美味しさの秘密があると思っている。
例えばコーラスを例にとって考えてみよう。合唱はソプラノ、アルト、テノール、バスなど、様々な個性が混在するから、厚みのある美しい和音が生まれる。これがバスだけの合唱になったら、ちょっと違った音楽になるだろう。
在来種の雑駁とは、この多彩な個性が混在している状態だといえる。昔から愛されてきた日本蕎麦の美味しさは、在来種の雑駁さの中にこそ隠されているのである。
福井では、県の全域で在来種の蕎麦を育てているので、すばらしい蕎麦が育つ多くの蕎麦産地がある。
いずれの産地にも特徴があり、甲乙つけがたいのだが、今回は、その中からふたつの産地をピックアップして紹介しよう。
ひとつは、「あわら在来」が育つ、あわら地区。
もうひとつは、蕎麦好きの皆さんにはおなじみの「丸岡在来」が育つ、丸岡地区だ。
どちらも福井県を代表する蕎麦産地だといえる。
【あわら在来の魅力】
東京から北陸新幹線に乗って金沢まで行き、そこで北陸本線に乗り換えて、約40分で芦原温泉駅に着く。ここが極上の蕎麦「あわら在来」が育つ、あわら地区だ。
なぜかというと、あわら在来は、あまりにおいしいため、地元の人たちが、みんな食べてしまうからだ。他の地域に出荷する量は、ほぼ、ないに等しい。
だから、あわら在来を味わいたいと思ったら、現在のところ、現地に足を運ぶしか方法がない。
「福井では、おいしい蕎麦は、地元の人たちが、みんな食べてしまう」ということが、都市伝説のように言われが、それは間違いではない。
福井の蕎麦好きの人たちは、おいしい蕎麦を良く知っている。
おいしい蕎麦は、まず自分たちが食べて、余ったら他の地域に出してもいい・・と思っているのだが、結局、食べ尽くしてしまう。
独り占めしようとしているわけではないのだが、結果としてそうなる。だから、あわら在来は、まぼろしの蕎麦などと言われるのだ。
【あわらの名店の一軒、新保屋(しんぼや)】
あわら市の市街地から、ちょっと外れた場所に、地元の人たちが足繁く訪れる蕎麦店『新保屋』がある。
母と娘、ふたりの女性が切り盛りする蕎麦店だ。
かつては、お母さんが蕎麦を打っていたが、今は娘さんが引き継いで、毎朝、蕎麦を打つ。
ここでは、福井の在来種の蕎麦を幅広く使っている。
季節により、蕎麦の状態により、厳選された蕎麦粉が、娘さんの手によって、美しい麺に姿を変える。
毎年、新蕎麦の時期になると、ほんのしばらくの間だけ、娘さんは新蕎麦の十割蕎麦を打つ。数量限定なので狙っていかないと食べることはできないが、これを楽しみに一年を過ごす蕎麦好きも多い。
新蕎麦の時期になると、まだかまだかと催促されるという。
普段、味わえるのは、つなぎを入れた二八蕎麦だ。
蕎麦は十割でなくては、いけないわけではない。
生粉打ちの蕎麦(十割蕎麦)には、生粉打ちの良さがあるし、二八蕎麦には二八の魅力がある。
二八の場合、食感を楽しむという要素が強くなる。
おろし蕎麦として味わう際にも、舌や歯に当たる二八蕎麦の、絶妙の弾力を備えた食感は、ぴったりマッチする。思わず「うまい」と、つぶやきが漏れる。
もしも新蕎麦の時期に訪れて、幸運にも生粉打ちの蕎麦を味わうことができたなら、ぜひとも二八蕎麦も一緒に味わっていただきたい。
食べ比べてみると、それぞれの蕎麦の魅力が、はっきり記憶に刻み込まれることだろう。
【あわら温泉は、福井の奥座敷】
あわらまで来たら、温泉に浸からずに帰るわけにはいかないだろう。
ここは、福井の中でも抜きん出て魅力的な、命の保養地だ。
一晩、泊まれば、十日は寿命がのびる気がする。
あわら温泉の老舗旅館『べにや』を紹介しよう。
『べにや』は、芦原温泉の中でも、洗練されたもてなしと美味の宿として知られている。
創業は明治17年、建物は国の有形文化財に指定されている。
『べにや』という屋号は、もともと北前船が運ぶ化粧用の「紅」を商っていたことに由来する。
温泉は源泉掛け流し。しかし、肌触りは柔らかく、それでいて湯上り後の保温効果が長く続くことに驚かされる。体の奥まで温泉の力が浸透し、活力が体内に満ちていくのを感じる。
料理は福井の海の幸、野の幸、山の幸の旬を選び、客室までコース料理として運ばれる。
なんという贅沢。
非日常の豪奢と幸福感を堪能できる宿である。
【丸岡在来の個性】
福井には、たくさんの優良な蕎麦を産出する産地がある。
丸岡在来、大野在来、今庄在来など、蕎麦好きの皆さんには、思わず生唾を飲み込みたくなる名前だろう。
いくつもある産地には、それぞれ特徴がある。
丸岡在来は、福井の在来の中でも、小粒なことで人気が高い。
それと生産者の意識が高いため、品質管理が徹底していて、風味の良い蕎麦が穫れる。
丸岡は、福井の蕎麦を代表する産地のひとつということができるだろう。
東京など、福井以外の町でも、丸岡在来を味わうことのできるチャンスは、かなりある。
蕎麦店の張り紙に、「本日の蕎麦=丸岡在来」という文字を見つけたら、何も考えずに、さっとのれんをくぐっていただきたい。
蕎麦を食べるのに、長い時間はいらない。
何はさておき丸岡在来を食べてから、次の仕事にかかるのが、蕎麦好きの常識というものだ。
福井で丸岡在来を味わうなら、『大宮亭』がおすすめだ。
丸岡在来を知り尽くした主人が、石臼を回して自家製粉している。
多彩なメニューが揃っている。
福井には、おろし蕎麦以外にも、こんなに幅広い蕎麦の食文化があったのかと、嬉しい驚きを体験していただけるにちがいない。
「おろしざんまい」
『やす竹』は、蕎麦と天ぷらのうまい店として、福井の蕎麦通には良く知られた店だ。この店ではメニューごとに、福井伝統の一本棒で打つ蕎麦と、現代の流れを組む三本棒で打つ蕎麦を、使い分けている。
香り高い十割蕎麦の太打ちのためには、伝統の一本棒・丸延しの技を使う。
三本棒で打つのは、するりと喉を通る、細切りの十割蕎麦。
二通りの打ち方で打たれた蕎麦は、それぞれ異なる個性を持つものになる。
主人の北谷敏一さんは、二通りの打ち方を会得し、客に福井蕎麦本来の味を楽しんでもらおうと、手間を惜しまず蕎麦を打ち分けるのだ。
福井、伝統の蕎麦とは、どういう味なのか。
また、現代の流れを組んだ蕎麦とは、どういう味なのか。
一本棒、三本棒、ふたつの蕎麦は、どう違うのか。
福井蕎麦の奥深い世界を探求したいと思う方に、『やす竹』は、おすすめの店である。
ここに紹介するのは、まずは『やす竹』の代表的なメニュー「おろしざんまい」だ。
3皿に盛り分けた蕎麦と、3種の「おろしだし」がセットになっている。この蕎麦を味わえば、福井の郷土蕎麦「越前おろしそば」の、味のバリエーションを知ることができる。
蕎麦は、一本棒で打った太打ちか、あるいは、三本棒で打った細切りか、どちらでも好きなほうを選ぶことができる。
「おろしざんまい」に添えられる3種の「おろしだし」は、次のようなものだ。
ひとつは、最も一般的な、大根おろしと、そばのだしを合わせた「おろしだし」。
ふたつめは、大根おろしの絞り汁に生醤油を加えただけの、昔ながらの「おろしだし」。
さらにみっつめは、とろろを加えた「おろしだし」だ。
三種の蕎麦を食べ終えるころには、福井蕎麦のうまさと奥深さに、すっかり魅せられていることだろう。
もうひとつ紹介するメニューは、この店の、もう一本の柱「大海老天ざる」だ。これも『やす竹』では、「おろしざんまい」と人気を二分する代表的なメニューである。
このメニューも、一本棒の太打ちか、三本棒の細切り、どちらか好きなほうを選ぶことができる。
『やす竹』の魅力は底知れない。メニューの数も多く、主人の蕎麦打ちの技術と、うまさへの探究心は、日々鋭さを増していく。
この毎日進化を続ける名店に何度も通い、多彩な福井蕎麦の食文化を堪能していただきたい。
やす竹/福井市文京7-9-35
電話 0776-26-7281
営業 11時~16時 (L.O.15時30分)
17時~21時30分 (L.O.21時)
(第1・第3火曜は11時~16時のみ)
定休 水曜
「豆乳蟹そば」
福井の蕎麦といえば、越前おろし蕎麦が名高い。
伝統の郷土蕎麦として、越前おろし蕎麦は魅力的な存在だが、福井の蕎麦の食文化は、それにとどまらない。実に多くの個性的な蕎麦が、あでやかさを競う花園のように咲き誇っている。
そのひとつが「たからや」の「豆乳蟹そば」だ。
この蕎麦は、花園から選びぬいた幾種類もの花を、美しく切りそろえて花束にまとめたような、驚くべき蕎麦だ。
まず、麺について語ろう。
これは福井在来の早刈り蕎麦を、店主、宝山栄一(ほうやま えいいち)さんの卓越した蕎麦打ちの技術によって、細打ちに仕上げた蕎麦切り。早刈り蕎麦ならではの、野性を秘めた緑の香りを、巧みに引き出している。
この店では、早刈り蕎麦の風味に惚れ込み、一年中、すべてのメニューで、早刈り蕎麦を使っている。蕎麦店で使う材料としては、かなり贅沢な選択だ。大胆な決断であったと思う。
そして、蕎麦に向かう志の高さは、他の地域にはない蕎麦を生み出した。
蕎麦と豆乳が、これほど合うものだとは、誰が想像しただろうか。ふたつの食材を取り持つのは、4種類の鰹節を使った極上の出汁だ。そして丸みのある塩味は、白醤油の力。それらの個性を頂点でまとめるのが、日本海であがったズワイガニだ。野の幸、海の幸が、ひとつの器の中に、感動の物語を作り上げている。
福井の蕎麦は、こうあって欲しいものだ。
「たからや」の「豆乳蟹そば」は、福井蕎麦の華と呼ぶに相応しい逸品である。
たからや/福井市新田塚1-25-1
電話 0776-26-1175
営業 11~15時
17時~21時30分 (L.O.21時)
(土、日、祝は、中休みなし)
定休 水曜
「たからや」で人気の、早刈り蕎麦を使った九一の「野菜せいろ」。主人、宝山さんの目指す蕎麦は、凛として勢いがあり、鞭のようにしなる、生気あふれる蕎麦だという。
福井県は日本一の「在来種そば王国」だ
写真と文 片山虎之介
【福井の蕎麦名人、その神わざ】
北陸新幹線が開通して、今、関東の蕎麦好きたちは色めき立っている。福井に手が届くところまで、新幹線が伸びたのだから、無理もない。
なぜ、福井県なのか。
それは蕎麦好きならば、言わなくてもわかる。
福井県は在来種の聖地。日本を代表する「在来種そば王国」なのだ。
食文化の多様性と歴史の重さから見て、日本の蕎麦処の筆頭に挙げられるのは、やはり信州だろう。
次いで、蕎麦と粋の美学が結びついて、孤高の蕎麦食文化が花開いた江戸、東京。
だが、そこから西に目を転ずれば、信州、江戸にひけをとらない蕎麦処、福井がある。
福井は、在来種の蕎麦王国だ。蕎麦好きなら、その名を聞いただけで目尻が下がる丸岡在来、大野在来、今庄在来、美山在来など、綺羅星のごとく並ぶ福井在来種の名前は、枚挙にいとまがない。
2016年の現在、これだけのスケールで、食味に優れた在来種のソバを栽培している土地は、他に例を見ない。福井は、日本蕎麦本来の味を今も維持する、古き良き時代のソバ「在来種」を味わい、そのうまさに感動できる、かけがえのない蕎麦の聖地なのである。
福井在来は、うまい。
その事実は、日本中のこだわりの蕎麦店が、先を争うように福井在来を使うことで、すでに証明済みだ。
しかし聞くところによると福井県の人々は、いちばんおいしい蕎麦は、県外には出さずに、自分たちで食べてしまうらしい。だから、福井県を訪ねれば、福井の蕎麦好きが秘蔵している、極上の蕎麦に会えるかもしれない。
福井では、どのようにして蕎麦を食べているのか、まずはそれを検証してみよう。
「福井の蕎麦」といった場合、歴史を踏まえて言うならば、厳密には伝統の蕎麦打ち技法「一本棒・丸延し」で打った蕎麦のことを指す。
江戸の昔から福井では、この打ち方で蕎麦は打たれてきた。
右の写真は、福井県越前市の蕎麦名人、塩田弦夫さんの妙技である。
江戸の蕎麦の打ち方では、蕎麦を切る際、「駒板(こまいた)」という、定規の役目をする木製の道具を蕎麦生地の上に置き、それに包丁を沿わせて、蕎麦を切る。
しかし、福井の伝統の打ち方「一本棒・丸延し」では、駒板を使わず、自分の手に包丁を沿わせて、蕎麦を切る。手駒(てごま)と呼ばれる技術だ。
塩田さんは、目にもとまらぬ早さで、手駒で蕎麦を切る。
となりで見ているほうが、その危うさに息を止めるほどだ。
しかし、塩田さんは、今まで一度も、指を切ったことはないという。
いったい、どれだけ修行を積めば、こんなことができるのだろう。
この技を目の当たりにすると、プロというのは、まさに神わざを行う人のことなのだと、感動すらおぼえる。
福井の蕎麦は、このように、地元の蕎麦を知り尽くした名人たちが、日本一うまい蕎麦を日本一の技術で作っているのだという誇りを胸に、日々、打っているのである。
神わざで生み出される伝統の一枚は、関東から日本列島の脊梁山脈の向こう側にある福井まで、新幹線に乗って、わざわざ食べに行くに値する、妙なる味わいの蕎麦なのである。
【福井そばの、美学を語る】
江戸では「粋」や、「わび」「さび」の価値観と、蕎麦の食文化が結びついたが、福井では、ちょっと違う。
福井の蕎麦に大切なものは、「粋」ではなく、「うまい」だ。
「わび」よりも「うまい」であり、「さび」より先に「うまい」がくる。
とにかく蕎麦は「うまい」ことが、福井では何より優先するのだ。
もちろん、福井の蕎麦には美学がある。越前焼の浅鉢(さばち)に蕎麦を盛り、やや太めであることが福井の蕎麦の「美学」だ。細すぎてもだめ、太すぎても違う。やや太めであることが、外せない条件なのだ。
蕎麦の太さは、言うまでもなく食味に直結する。口に入れたときの食感、歯を当てたときの弾力、大根おろしとともに咀嚼(そしゃく)したときの、もちもち感。福井においては、「美味」であることこそが「美学」なのだ。
越前おろし蕎麦は、おいしい。
すべての物語は、そこから始まるのである。
福井そばを愛する人たちは、うんちくを語るのが好きだ。
蕎麦の食べ方や、蕎麦打ち技術の巧拙(こうせつ=じょうず、へた)。季節による大根の味の変化と選び方。さらには、ブレンドの秘訣。町ごとの蕎麦の食べ方の違いや、蕎麦と薬味と汁の工夫、等々。蕎麦好きが顔をあわせると、こうした話に花が咲く。
それは食文化を伝えることであり、伝統を語り継ぐ行為である。
福井のそばの味の良さは、このようにして守られ、次の世代に受け継がれていくのだ。
【福井には多彩な蕎麦食文化がある】
福井では、どの町に行っても蕎麦屋がある。
人々は、毎日、そこに集う。
蕎麦がなくては、一日が始まらない。
蕎麦好きの目から見ると、まるで蕎麦屋を中心にして町が動いているようにさえ感じる。それほど蕎麦屋は、福井の人々にとって大切なものなのだ。
店に入ると、黙々と蕎麦を食べる人たちの背中が並んでいる。背中が「うまいうまい」と、声なき声を発しているのを感じる。
これが、福井の蕎麦屋の風景だ。
その人たちの間に腰を下ろし「おろし蕎麦、ひとつ」と、メニューも開かず、簡潔に注文するのが、福井の蕎麦通なのである。
福井といえば「越前おろし蕎麦」と、条件反射のように名前が出てくるが、福井にあるのは「越前おろし蕎麦」だけではない。盛り蕎麦もあれば、種物もある。おなじ「おろし蕎麦」という名前でも、町によって食べ方が違う。もちろん、使っている蕎麦の材料は、おらが町の在来種であることは、言をまたない。
だが、季節により、あるいはその年の収穫の様子により、北や南から材料が運ばれてくることもあるが、福井の蕎麦職人の手にかかると、それらのすべてが福井の味になってしまうから不思議だ。子供のころから蕎麦を食べて育った、福井の蕎麦職人の、これも神わざなのかもしれない。
福井の町の随所にある蕎麦屋の暖簾をくぐり、店が自慢の蕎麦の味を確かめていただきたい。
「萩乃茶屋」(越前市)
↑一本棒・丸延しの名人、塩田弦夫さんの打った蕎麦は『萩乃茶屋』で味わうことができる。本来福井の伝統の蕎麦は、現代の流行の蕎麦と比べると比較的やわらかいが、『萩乃茶屋』で供する蕎麦は、手打ちする塩田さんの好みもあり、かなりやわらかめの蕎麦に上がっている。その優しい食味に惹かれて店に通う人も多い。「心がほっとする、癒しの蕎麦です」と、評する人もいる。優しい蕎麦のおいしさを知ると、蕎麦には幅広いおいしさの世界があるのだということに気がつく。
(●都合により、しばらくお休みしています)
萩乃茶屋/福井県越前市小松1-6-16
電話 0778-22-1686
営業 11時30分~19時30分
定休 水曜
「笏谷そば」(福井市)
↑伝統的な福井そばの味を伝える店の一軒。優しい食味の蕎麦は、地元の在来種の風味が、どれほど秀逸なものであるかを、はっきり教えてくれる。店主は研究熱心な人で、通常の福井蕎麦のメニューのほかに、刺身を贅沢に使ったメニューも用意するなど、蕎麦の楽しみ方を幅広く提案してくれる。何度も足を運びたくなる蕎麦店だ。
笏谷そば/福井県福井市足羽4-5-10
電話 0776-36-0476
営業 11時〜20時
定休 火曜
以上の名店に加えて、別ページで、福井蕎麦の未来を背負って立つ、若い主人の名店を、2店ご紹介しよう。
「たからや」(写真をクリックすると紹介ページにリンクします)
【福井の在来種は、町ごとに、味に個性がある】
「福井でいちばん旨い蕎麦は?」と福井の人にたずねると、「うちの町の在来種がいちばん」という答えが、間違いなく返ってくる。わが町の蕎麦への愛着の強さがうかがえる。
他の地域から訪れた私のような旅人が、蕎麦を食べてみると、いずれの町の蕎麦屋も、それぞれに個性があって、おいしいと感じる。これだけあちこちの店に入って、外れのない土地というのは、ほんとうに珍しい。
それには理由がある。
福井の人たちは、日常的に蕎麦を食べる。だから蕎麦の味には、すごく厳しい。
蕎麦屋も真剣にならなければ、舌の肥えた福井の蕎麦通は、店に来てくれなくなる。結局、難のある店は、暖簾をおろすことになるため、残った蕎麦屋はどこもおいしいという結果になる。
厳しい淘汰が、福井の蕎麦のうまさを守っている。
すべては、福井の人たちが、真の蕎麦好きであるところから生じる現象だといえるのだ。
【年に一度、正月より盛り上がる「そば祭り」】
毎年、秋、新蕎麦が出回る時期になると、福井の人たちが、首を長くして待ちこがれている「ふくい新そば祭り」が開かれる。
この日は、県内各地から、味自慢の蕎麦打ち団体が「ふくい新そば祭り」の会場に出店し、魂を込めた蕎麦をふるまう。それを味わうことを楽しみに、福井の人たちは、会場に集まるのだ。
今年も、11月22日から二日間、福井市でそば祭りが開催され、5万人の蕎麦好きでにぎわった。
この会場で、同時に行われたのが、アマチュアの蕎麦打ち愛好家が全国から集まって技を競う「第20回全日本素人そば打ち名人大会」だ。歴史のある大会で、今回は20年目となり、北海道や九州など、日本各地から、52名の腕自慢が集まった。
厳しい審査の戦いを勝ち抜いて、最終的に第20代名人として認定されたのは、埼玉県の関崎泰博さんだ。蕎麦打ち歴15年の達人だという。
ちなみに準名人は、茨城県から参加した佐藤 歩さんと、地元福井県の板津 明さん。優秀賞には、北海道の沼田利幸さん、富山県の舟上陽子さん、茨城県の掛札久美子さんが選ばれた。
同じ会場で、第20回大会記念企画として「高校生そば打ち披露」も行われた。福井県内の「福井県立科学技術高等学校」と「啓新高等学校」の高校生12名が、熱気あふれる会場に立ち、蕎麦打ちを披露した。
参加した高校生は、誰もが1年ほどの経験しかなかったが、慣れた手つきで見事な蕎麦を打って、観客から万来の拍手を浴びていた。
この二日間、「ふくい新そば祭り」の会場は、普段の生活には見られないほどの高揚感に包まれたが、その原動力となったのは、まぎれもなく、福井の人たちの蕎麦に対する熱い思いであった。
東京・南青山で、福井県産の蕎麦粉を使った「ふくいそば打ち体験講座」が始まりました。
この写真は、8月22日、初日の様子です。
講座は、このあと、8月23日、さらに9月5、6日と開催されますので、空きがあれば、今から申し込んでも、まだ間に合います。