冒頭から個人的な事情で恐縮です。私はこの地に越して来てから6年目に入りました。当初色々と慣れぬこともありましたが、どうにかやり過ごしているうちに、結構早々になんだかずーっとこの地に生きてきたような気分になってしまっています。まあ、思い上がりや勘違いも結構多いのでしょうけれど。
ところで、家内財政的に逼迫している私は、色々と諸経費を切り詰める必要があります。最たるものが床屋代で、「イの一番に切り詰めるは床屋代だろう?」と、かつてさる床屋さんから皮肉交じりに詰問されたことがあるくらいです。そこで、当地で一番安くて腕のいい床屋さん(難しいですかねえ)というのを、私なりに一生懸命探しました。で、目的に適うお店を見つけました。しかも、仕事が丁寧で、腕も底々良い。勿論床屋の好みというのも食味同様に主観的部分の多い分野であって、普遍的なものではまずありません。つまり自分にとって良ければ本当に良いのであると納得するしかありません。
そうです、床屋の話をしている場ではないのです。これは課されたレポートであり、宿題のようなもので、見識ある蕎麦の食味のための体験レポートであるはずなのです。ですが、今回私がレポートさせていただくお蕎麦屋さんは、このお気に入りになった床屋さんと建物を一つにするシチュエーションにあります関係で、どうかご容赦くださるようお願いいたします。
主要駅から遠く、公共交通機関が殆ど無い。都会に比べれば交通量のまことに僅かな県道沿いにあるお店。これだけ見れば、余程高名な老舗か、勢い盛んな中で突然の閉店、そして移転宣告があり、新たな移転先は何処なりやと、その知らせを今か今かと探られているような実力店等々・・・でないと、少し難しいのかな?そう思うのは私だけではないでしょう。
今回紹介させていただく『家族庭(かぞくてい)』さんご夫妻は、こちらに来られるまで人口が当地圏内の3倍以上は優にある埼玉県越谷市(人口30万人)という都心ベッドタウンで、主に昼時の出前を中心に、長らく日々大車輪の忙しさを経験されてこられたと伺いました。
「とにかく忙しいお店でしたね~」と、当時からお隣で軒を連ねて来られた先の床屋の旦那さん(実は私と同い年)は述懐します。店主に拠れば、暮れには年越し蕎麦の事情で格別なのでしょう、日に蕎麦粉8キロほどは打たれていたそうです。
しかし様々なご事情から、私と同じ頃に、人口規模、経済・産業的背景、居住者の構成、生活ペースや嗜好性、従って蕎麦文化等々が全くと言ってよいほど異なる現地点へと移られました。実際こちらにお店を開いては見たものの、当初これほどお客さんが少ないものか?と、正直驚かれたそうです。
出前中心ということで想像されるとおり、当地に移転されるまで、当店主は30年この方ずっと機械打ちを専らとしてこられた。ところが、実はご主人は越谷のお店を開く前に、既に蕎麦打ちの教室に一月以上通われ、手打ち蕎麦の技法をマスターしておられたのだそうです。
しかし当時から手打ちで代をなした名店も幾つかあったとはいえ、今日とは些か事情が違っていたようです。年代的に昭和の右肩上がり経済の経験者は、スピードと「量的側面としての需要に対し、如何に供給を充足するか」を須らくに優先していた時代があったのだということを知っています。またそれ故にこそ、大都市で暮らす人たちの多忙で精力的な職場と家庭生活の全般を、背後から支えて来た多くの飲食店の姿に、凄く眩しいものを感じてきました。
(以下、飽く迄私の想像です)さらに色々な条件が変わってきた今日。既にサラリーマンならば定年を過ぎ、自分たちが担って来たかつての現場と、これから個人として送りたい生活とをいろいろ考えられた結果、周囲の方々も後押しして、ご夫妻が永らく心の中に秘めて来られた「本当に打ちたい蕎麦」の理想を、やっとこの地で実現できる環境に辿り着くことが出来た。だから、計算外にお客さんが少ないことも、「こうなればもはや道楽でやっているようなもんだから」と笑いながらご夫婦して語る言葉も、ごく自然なものと受け止められます。
ところで、当店は店名からしてお分かりのように、普通のご家族連れが平日・休日にかかわらず時間のある時好んで訪れやすいようにとの意味でしょう、昼時のみの営業となっています。従って、蕎麦前を主義とする私なぞは本来寄りつく術はないのです。まずメニューに蕎麦前の位置付け(=品書き)が無い。よって、お酒を置いていない。これは、お店が今日ある地域において、昼日中蕎麦前なぞで寛ぐ習慣は希少である、ということも直截に物語ってもおります。そこで私として今すぐ無理やりどうこうしてほしいと求めるよりも、現在のこの環境にあってどこまで応えていただけるだろうかということを、根気よく探っていきたいと思っています。(今はビールだけはお出しいただける環境です)
上述のように、蕎麦屋としての第二の人生を5年前ほどからリセットされたご主人が取り組みたかった蕎麦打ちとは、先ず国内産のソバの丸抜きを仕入れ(現在は北海道の空知産である由)、石臼にて自家製粉すること。そして、綺麗に新築がなったお店の中に堂々とした打ち場を設えることでした。ご主人が仰るには、「手打ちの蕎麦自体は、他人に習おうが独学だろうが修行により誰でも打てるようにはなるだろう。しかし、出汁、返しから作る汁はそう簡単にはいかない。」
お店では、これまでの基本メニュー(写真参照)に加えて、季節メニューや、鴨せいろ、鴨南蛮のような、「プレミアム産地」メニューも順次充実させてきており、将来に向けて楽しみが増えて来つつあります。私としてもさらに踏み込んで、蕎麦前の方向を打診して行きたいと考えているところです。家族庭皆さんのご尽力を期待しております。
【蕎麦】
主に北海道の丸抜きを製粉会社経由で仕入れて、店内の電動石臼で製粉します。蕎麦は中間的な太さで打たれています。稀に細くなったり、平打ち気味になることがあり、まだ一定していないかもしれません。また、長い、短い等バラつきがあります。どちらかというと噛み応えのある、粉の粒粒が透けて見える蕎麦です。「新そば」のタイミングは、在庫との関係で、多少巷より遅い感じがあります。それでも「新そば」の印象が特に強い北海道の蕎麦です。味わい、香りともに是非新そばの時期に訪れることをお薦めしたいと思います。コシの強さ加減は私には好みであり、喉越しを競うよりは噛みしめて穀物の味わいを楽しみたいと思います。
先日、厚かましい話ですが、私が栽培した夏蕎麦を丸抜きのまま持参して、打っていただき感想を聞かせてほしいとお願いしました。快く了解はしてくださったものの、量的に少な過ぎて独立した粉としての製粉ができなかったようで、結果的に仕切り直しとなり、次回には秋蕎麦を私の臼で挽いて持参することになりました。そこで、当店のご主人がどれくらいの細かさの篩を使っておられるのか知りたく思い、見せていただきました。なんと、24メッシュの表記でした。ご自分では特に意識せず、篩の大・小の加減で使いやすいものを採用されているようなのでまたびっくりです。これでは穀物感のゴツゴツした感じが強く残り、透けて見えるのは当然です。また、二八だからこそ繋がるとはいえ、短く切れるものが混じるのも納得が行きました。
【汁】
当地の好み云々というよりも、作り手としてのご主人の好みなのでしょう、軽い甘さを感じます。「汁の修行は一生もの」と言われるようですが、永らく出汁、返しを作り続けた末に辿り着かれたであろう汁は、限りなく丸みのある味わいです。出汁の香りと甘さが、穀物感ある蕎麦を柔らかく包み、引き立てます。もり汁でそうですから、温かい蕎麦にすると特に蕎麦とかけ汁とのコンビネーションが際立ちます。
こうした汁のあり方は、江戸の蕎麦ではなかなか出会えないものなのでしょう。これまでずっと、数多くの老若男女に愛されるお店を標榜してこられた一つの結果なのではないかと想像しています。
【写真の説明】
- エントランスから打ち場が見られます。
- 店内
- 蕎麦湯
- もりうどん
- 鴨南蛮蕎麦
- 今のところ、ビールしか置いてない。つまみにしたければ、天ぷらや、蕎麦なんかをアテにするのが良かろう。後日開拓を予定する。
- 盆 これに書かれている「家族『亭』」の『亭』の字は、業者さんに指定していたものとは、決定的に「違う」!ここで頑張り通して、『え~~~~い!! そっちの責任で、皆作り変えろ~~~~ぃ!!』ってのもあったのかもしれませんがね(笑)でも、「間違いのまま」使い通そうとされている所が、正直藪竹庵好みなんだよな~。
店名 | 家族庭 |
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電話番号 | 0470-44-3420 |
住所 | 千葉県南房総市千倉町宇田15-16 |
アクセス | JR内房線千倉駅徒歩25分 |
営業時間 | 昼のみ 10時00分~15時30分 |
定休日 | 火曜日 |
平均的な予算(昼) | 500円~1200円 |
平均的な予算(夜) | |
予約 | 不可 |
クレジットカード | 不可 |
個室 | 無 |
席数 | カウンター5席 4人掛けテーブル3卓 |
駐車場 | 有 9台 |
禁煙 | 喫煙可 |
アルコール | ビール(キリン一番搾り中瓶)のみ 500円 |
ホームページ | 無し |