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はなうら(千葉県

太平洋望む蕎麦屋 拘りの鶯色 手打ちそば はなうら
レポート提出者:藪竹庵さん

◎訪問日 8月22日、9月29日、10月20日、12月1日1店前景1.jpg

蕎麦前をこよなく愛する私として、今回はお薦めしたい「地元のお蕎麦屋さん」の3軒目になります。

こちらのお店が立地するのは、東京湾から館山・洲崎より外房の海が始まって暫く北へと回り込んだところ、和田浦にある小さな漁師町です。店の暖簾を背にすると、眼前には和田漁港と太平洋の青い海が「わーっ」と広がっています。鄙びた漁港ですが、日本で正式に((つち)(くじら)に特化した)調査捕鯨が行われている数少ない漁港の一つです。左手に見えている潮風に吹かれて少し古びた印象の建屋は、鯨の解体場となっているところです。ここは毎年捕鯨のシーズンが来ると、解体作業を内外に公開し2店舗正面.jpgています。鯨が何時上がるかはよほど注意していないと分かりませんし、解体作業のダイナミックな部分は、まことにあっけなく短時間に(確か30分ほど?)で終了するため、目の当たりに観察することは結構難しいようです。

 さて、海に背を向け、眼前の紺色の暖簾を潜り、お店に入りましょう。大雑把に右手に畳敷きの小上りがあり座卓が3つ、左手が幾つかのテーブル席になっていて、カウンターはありません。

 こちらは何と言っても漁師町の蕎麦屋、着席されたら一息入れつつ是非、「今日のお刺身」をお尋ねください。漁協に直接出入りを許されている店主は、腕利きの釣り人でもあり、運が良ければ日替わりで(というのも、主にこの漁港の「あがり」を使う3和田漁港.jpgこととしているため、季節により、またその日その日で仕入れが違う。気象条件により漁が出来なければ、「今日は刺身ないよ」ということもよくある)新鮮な旬の魚、烏賊などが楽しめます。春先からダルマイカ(アカイカの小ぶりのもの)夏場なら鯵刺しが多いですが、ヒラメ、ヒラマサなどに出会うこともあります。値段は魚の種類によらず、なんと一律で、量ももちろんたっぷりです。

 また、天婦羅も是非お願いしましょう。こちらは一般的なエビやキス、季節の野菜組み合わせの場合も多いですが、日(季節)によってはダルマイカ、カマス、ヤガラなど、この場所でしか出会えない素材を味わう楽しみがあるのです。

 さて、いつもながら私の楽しみは、何と言っても例の蕎麦前です。やがて人波が引き、店主の手が空けば、対面し4-1品書き1.jpgながら魚の知識を聞き出し、また蕎麦の話をいたしましょう。(以下「蕎麦」の項参照)

サービスのお店手作りの干物など味わいつつ杯を重ね、〆の蕎麦になります。

 ところで、これまでに50日以上当店を訪れた結果、いつしか私は店主を『親方』と、親方は私を『〇〇さん』(「藪竹庵」の姓)と呼ぶことになりました。

また、色々と話をしてきた挙句、親方(小泉さん)と私は同じ年齢であることが分かりました。これからの記述でそのような表現が出てきますがご容赦ください。4-2品書き2.jpg

 親方は、この店を開くに当たり、先に紹介させていただいた館山の「小芝」に弟子入りして蕎麦打ちを学んだそうです。なんでも、紹介があって改まって伺ったというより、蕎麦を打ちたいんだが教えてくれませんか、と直接申し入れたそうです。

かつてのご商売を尋ねると、以前親方のところでは鰹節の製造を行っていたということで、現在のお店はその当時の鰹節の倉庫であったそうです。事情で鰹節製造を止めるに当たり、これまでの生業を将来に生かせる道はないかと考えたとき、蕎麦屋なら出汁を使うので、これまでの経験が生きるだろう、ということでした。

 5お新香.jpg

蕎麦と汁

先にご紹介させていただいたとおり、「小芝」の蕎麦の打ち方はかなり個性的で、当店の親方も「乱切り」と表現しています。そこからどういうことを学ばれたのかは分かりませんが、少なくとも親方の打つ蕎麦はそれとは対極的な、端正なやや細い蕎麦で、切り幅と長さはきっちり正確。これでカチッとした角が立っていなければ、機械切りかと紛うばかり。恐らく内に秘めた性格が打ち方に現れています。

原料の蕎麦粉は、「小芝」と同じ黒子製粉㈱からの仕入れですが、要求することはかなり違います。親方は、とにかく6-1鯵刺身.jpg打った時に「緑色になる=鶯色の蕎麦になること」に拘ります。微量に外殻が入るのも、茶色くなるのはダメだと断ります。ここも修行先とは全く違います。その鶯色を求めて、一年の中で北は北海道から始めて、東北(青森、福島)、北陸(福井)、茨城へと粉を換えて行きます。これは粉を提供する会社に対して求めるのであって、自家栽培や契約栽培のものでは無論ありません。しかし、粉屋さんも国産蕎麦を愛用する蕎麦屋さんに対しては、厳しく求められればそれなりにやり甲斐を覚え、努力されるお店も多いのではないかと感じます。要望を受けて条件を満たすソバを各地に探すことは彼らのプロフェッショナルの領域でしょう。

詳しくは知りませんが、国産が2割程度の市場において、しかも「国産ソバ(粉)」が何故か余ってしまう現象があると6-2烏賊刺身.jpg聞いたことがあります。揣摩臆測で申せば、契約栽培でない浮いた部分は、原料の価格、捌け具合如何によりダブついて市場をあちこちと回るようなことがあるらしい。飲食店としての「経営」の部分はお店にとっての死活問題、蕎麦屋の志をどう表現するかという時にも嫌でも付き合って行かざるを得ません。それがうまく行かねば、結果としてわざわざ求めて来店されるお客さんの要望に応えられないということにもなりかねません。

ですから蕎麦に関しても、求めるお客と店の要求があってこそ、介在する事業者(製粉業)の意識は高く保たれ、自らの必要性、やり甲斐も生じ継続するのではないでしょうか。求めれば与えられる関係というのか、ここが怠けるようでは、江戸蕎麦も6-3むつ煮込.jpg含め圧倒的多数の「(自家製粉に依らず)一人でも多くの愛好者に旨い蕎麦を供したい」と頑張っておられるお店にとっての不幸です。健全な圧力(要求)は「やや強め」であるに越したことはないと思っています。

いきなり蕎麦粉のところで力瘤が突出してしまいました。元の流れに戻りたいと思います。

そして、親方の蕎麦は茹で時間が短い。30秒が理想と聞きました。最近はお客さんの中に「固い」と表現される方がいるのか、「少し柔らかめにするか?」と聞いてくれたりしますが、多分より長く釜に泳7-1ムロアジ.jpgがせても+10秒内外でしょう。打ちは二八ですから、短い茹で時間だと固くなりますが、味、麺線、繋がり、色の出具合等々、親方にはこれが基準値であるようです。

上記を譲りたくない様子は、今回の報告書作成のために伺った2回目に次のようなエピソードがありましたので、ご参考までに紹介します。

上記、当店に何十回も訪れていますが、メニューにある暖かい蕎麦を食したことがありませんでした。そこで、「レポートでは冷たいものと温かい蕎麦という観点が求められているが、この店でも試したいので、ついては(このメニューにある)月見蕎麦を食べてみたいのでお願いします」、と言いました。ところが、親方が7-2鰯丸干し.jpg首を縦に振りません。月見は「玉子で汁が薄まるから駄目だ」ということです。「しかし、(品書きに)こうして書かれているけれど」と念を押すと、「お客さんの中にはそういうものを求める人もいるから一応書いてある」とか言っています。私も紛れなくそういう客の一人であり、「近づく中秋の名月に因んでのリクエストだから」とまで言ってはみたものの、結局拒まれてしまいました。

そして親方は汁に使う、澄んだ美しい黄色の出汁を鍋に取って見せてくれ、それからかけ汁を丼に少し入れて、こういう汁なんだぞというように見せてくれました。もちろんもり汁ではないから薄いのは分かるが、見た目で辛さは分かりません。親方は茹でて、締めて、再度温め直す過程で蕎麦が伸びることに対する7-3秋刀魚丸干し.jpg抵抗を未練がましく伝えながら、実際に純「かけ蕎麦」が(そこへ卵1つ入れば、松や白壁は欠いても、私にとっての原風景としての「月見」なのですが)出され、食してみて、温蕎麦にすることで粉の味わいが豊かに増幅されているとか、麺が切れ切れになるわけでもなく消化にも良さそうだし、などと思いながらいただきました。そして、このかけ蕎麦に関して言うなら、汁が何ともすっきりと伸びて美味しい。鰹節と鯖節が出汁に使われており、醤油は『ヒゲタ醤油 そば膳』を使うそうです。これも例えで失礼ですが、ラーメンは出汁に一番カネがかかっているから、汁(スープ)は残すものではない、という(冗談かもしれません)人がいるそうですが、親方のこのかけ汁は一滴残らず飲み干してこそ納得がいくと思いました。余談ながら後から胸焼けもしません。これを玉子等入れて薄め8鯨サラダ.jpgることに、提供者として抵抗があるのは、少しだけ理解が行きました。

 

その他エピソードなど

2011年3月11日午後2時45分頃、私は春蒔きの蕎麦の用地として、不向きな粘土質の狭い土地を耕耘機で耕していました。耕耘機について歩く足取りが、ある瞬間どうにも覚束なくなり、これは過労による疲れか、或いはそれからくる眩暈かとわが体力の衰えを含め感じていたその時です。隣家のご主人があたふたと駆け寄ってきて、「地震だ!!地震だ!!」と叫びました。9いかやき.jpg

 当日は引き続く大きな余震に恐怖心すら覚え、また地震そのものの情報、それによって世の中がどうなっているのか、現在の当地の状況等も停電のため分かりませんでした。辛うじてラジオで東北地方に非常に大きな地震があり、正に巨大な津波が沿岸部に押し寄せていること、家屋や自動車が流されているらしいということが途切れ途切れに伝わるだけでした。結局、その日は夜中の3時頃まで停電した状態でした。

 その後徐々に未曾有の災害の概要が判明してきて、天災・人災の凄まじさに言葉を失い、そして少し時間が経ちました。そこで漸く海辺にあれほど近かった「はなうら」さんは無事であったのだろうか?という疑問が湧いてきて、それに抗しきれず実10天ぷら拡大.jpg際確かめてみるべく和田漁港を訪ねました。

和田漁港はそのときはもうすっかり静けさを取り戻していて、春のぼんやりしたような長閑な風情を見せていました。お店のあるところを行き過ぎて少しのところで、トボトボと少し広すぎる道を歩いている親方を見つけ、恐る恐る声を掛けると、すっかり遠のいた客足になす術無しという様子でした。「まあ、寄ってけ」みたいな調子でお店に落ち着いて、11日の状況などお聞きしました。

 当日は地震が起きて暫くすると、目の前の漁港の潮がずーっと沖へ引いて、浅瀬の海底が姿を現したそうです。これはでかい津波が来ると直感した親方は、店に取って返すと、店内の片付けものなどしているご家族に避難するよう促したそうです。11-1かけ蕎麦.jpg

外房のこの辺りに実際に来た津波は、幸いなことにさほど高いものにはならずに済んだとは言えるでしょう。それでも、港に入っていた漁船が海岸に打ち上げられそうなほど水面は高くなり、危険を承知でそれを抑えようとした人たちがいたそうです。ですから、お店にも被害は及ばずに済んだわけですが、その後に客足が戻るまでにはやはり時間が掛かったようです。とにかく皆さんが無事におられて、こちらは安堵の胸を撫で下ろしたようなことがありました。

 お店の大雑把な役割分担は、蕎麦打ちと出汁・返しづくりを親方が、天婦羅、釜前を奥さんが、そして魚は親方のお母さんが刺身を引く、焼く・煮る等一手に担っています。傍目に見ていて、非常に家族内の調和がとれており、チームワークが見事です。仲の良い家庭というのは、どちらで拝見しても気持ちが良いものです。それを見たくて、また月に一度は訪ねたくなるわけです。15地酒.jpg

 

 

 

 

 

 

【写真の説明】

  1. 店舗の前は蒼い太平洋が拡がっています。
  2. お店の正面です。
  3. 和田漁港の舫い。
  4. 1 品書き1

2 品書き2

  1. お新香
  2. 1鯵の刺身です。これで一人前?です。

2 烏賊刺身

3むつ煮込

7.1ムロアジの開き。ムロアジはこのようにしてアテに...
7.2ウルメ鰯の丸干 堪えられません
7.3秋刀魚丸干し って、どこで入手できるでしょうか?

8.鯨のサラダ 一年中大丈夫です。 あっさりして、行けると思います。

9.烏賊焼き

10.天婦羅の一例 ここでは、ヤガラ、エボダイ、カマス、海老、その他の筈なんだが...

11.かけ蕎麦

12.地酒を持ち込みました(千葉御宿の「岩の井 山廃純米・原酒」。お薦めです。

店名はなうら
電話番号0470-47-4411
住所千葉県南房総市和田
アクセスJR内房線 『和田浦』駅から徒歩7分
営業時間
定休日
平均的な予算(昼)700円~
平均的な予算(夜)2,000円~
予約
クレジットカード不可
個室
席数テーブル14席  小上り10席
駐車場漁港前に数十台の駐車可能スペース有(共有)
禁煙喫煙可
アルコール有 生ビール、瓶ビール(アサヒ) 日本酒(ナショナルブランド) ※持込み相談
ホームページなし
35.0208929,139.98409229999993

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