美味しい蕎麦をもっと愉しむための蕎麦情報ウェブマガジン

　アメリカはワシントン州シアトル。ウォーリングフォードに2013年にオープンした比較的新しいお店です。仕事でシアトルに滞在中に、ワシントン大学の教授に、「記念日のディナーに使うほど気に入っているお店」とすすめられて、うかがいました。お店に行ける時間が曖昧だったため、予約をせずに行ったところ、到着した19時過ぎにはテーブル席はすでに予約でいっぱいとのことで、カウンター席に案内されました。

　なんでもこのお店は「坂本龍馬が女性を連れて行きたい店」がコンセプトだそうで、内装が非常にユニークです。坂本龍馬の等身大写真が壁に飾られた店内は、シャンデリアがいくつも天井から下がり、なんとも言えない妖しさがあります。日本にも和洋折衷な雰囲気のお店は多くありますが、日本のそれとは違ったオリジナリティのある素敵な空間です。 

　お通しのビシソワーズを飲み干して、枝豆をおつまみにまずは一杯。枝豆は"Edamame"という表記で、アメリカではここ何年かでかなりポピュラーな食べ物になってきました。ビアガーデンのようなレストランなどでは、甘辛いタレや、スパイスなどがかかって出てくることもありますが、ここではシンプルに塩の味つけです。
　お酒はメニューにあった、"Yuzu Only Live Twice"(「007は２度死ぬ」のもじり？)という名の、ウォッカとジンを柚子ジュースで割ったカクテルをいただきました。こちらのお店はフル･バーになっているため、お酒の種類が多く、カウンターには日本酒や焼酎の瓶も並べられています。ワインなどの洋酒も豊富で、お願いすればオリジナルのカクテルも作っていただけるようでした。注文した柚子のカクテルは、食事を邪魔しない程度のさわやかな甘さがあり、飲みやすかったです。 

　つづいていただいたのは、"Soma Chop Salad"（レタスに揚げ蕎麦をのせ梅とビネガーのドレッシングをかけたサラダ）と"Assorted Tempura"（天ぷらの盛り合わせ）。
　天ぷらは海老と、季節の野菜の盛り合わせで、カリッとした衣が食欲をそそります。シアトルは沿岸部に位置するため、海の幸が新鮮でおいしいのですが、市内のあちこちでファーマーズマーケットが毎週末開催されるほど、野菜も季節に応じた旬のものが出回ります。そんな土地柄からか、このお店のサラダや天ぷらに使われている野菜も、素材の味がとてもしっかりとしていました。
　なかでも一番おいしかったのが、天ぷらに使われていた、白くてシャリシャリとした食感で甘みの強い野菜。日本で口にしたことがなかったその野菜は、お店の方にうかがうと、"parsnip"（人参に似たセリ科の根菜）とのことでした。日本ではあまり使われない食材を和の調理法でいただけるのも、海外で「日本料理」を試す醍醐味です。

　さて、お腹もふくれてきたので、蕎麦を注文します。メニューには種物や、トッピング豊かなぶっかけなどもありましたが、ここはスタンダードに"Zaru"（ざる）を選びました。こちらの蕎麦はワシントン州で栽培されたキタワセソバ（北海道原産）を自家製粉して使用しているとのことです。しかも手打ちです。日本料理店が多いシアトルでも、手打ち蕎麦を出しているお店はここしかないのではないでしょうか。

　海外で食べる初めての手打ち蕎麦を緊張して待っていると、輝きをまとったきれいな色の二八蕎麦が出てきました。太さはやや太め。盛りはアメリカナイズドされており、300グラムを超えていそうなボリュームです（後でメニューを見たところ、±２ドルで少なめ、多めの調整がきくようです。嬉しい心遣いです）。まずは一口。想像していたより、こしがしっかりして歯ごたえがあります。つゆを少しつけてたぐれば、きりりとした舌触り。ふっと広がる蕎麦の香り。ほんの少しだけ感じる、プルプルとした、日本で食べる蕎麦では感じたことのない独特な食感は、蕎麦を打つ環境の違いから生まれる個性なのだと思います。

　ここシアトルのあるワシントン州は、高地地中海性気候（夏は日照時間が長く、降水量が少ない）ため、小麦とソバの二毛作が盛んに行われており、アメリカ有数のソバの産地として知られています。私は普段、海外産の蕎麦粉を使った蕎麦を口にすることがあまりないのですが、ワシントン州で栽培されたソバは風味もよく、高品質とみました。 

　これまでアメリカで蕎麦を食べて、「おいしい」と感じたことが一度もなかった私にとって、このお店の蕎麦は衝撃でした。オーナー兼シェフの相馬睦子さんは、東京のお蕎麦屋さんで修行をされてから、こちらのお店を開かれたそうですが、独創的なメニューをみても、野心家で勉強熱心な方なのだろうなということがうかがえました。海を渡って、こんなにまじめな蕎麦に出会えると思っていなかったので、喜びもひとしおでした。