ゆるぎなく、そこに在り続ける雄大な富士山を臨みながら、東名吉田インターを降り左折後、県道34号線の4つ目の信号を右折すると「藪蕎麦 宮本」と彫られたさりげなくも一種独特の雰囲気の看板が目にとまります。
お店は、民家改装の落ち着いた佇まいで、表の駐車場まで微かに響いていた風鈴の音が素敵でした。道路沿いでありながらも、少し奥まったところにあるので、お店の造り出す空気感が辺りとうまく切り離されています。上品なお香の香りにつつまれながら暖簾をくぐり、打ち水のしてある土間から案内されるままにお座敷へ。時を経ることで、元来からの趣に一層の深みがました店内には、私と妻の他に先客が1組いらっしゃいましたが、耳に届くのは、静かな話声、柱時計の針の音、やわらかな風鈴の音色、厨房からの確かなリズム。それらひとつひとつが、この空間に、一層の風情を添えていました。
達筆のお品書きより、まずは「冷酒」「天だね」そして「ざるそば」と「手挽きそば」最後に「鴨ざる」と「天ぷらそば」をお願いしました。
まろやかな口当たりでありながら、後味はすっきりしゃんとした冷酒のお通しには、これまた絶品の自家製の練り上げられた蕎麦味噌と粗塩が付いていました。雰囲気も存分に味わいながらチビリチビリやっていると、まもなくジュウジュウという音と共に「天だね」が運ばれてきました。熱々の上品な出汁の湯気の中に、ふわりと胡麻油の香るサクサクの衣を纏った天ぷら。つゆの中へ溶けだした衣とプリプリの海老を頬張ると、自然に笑みがこぼれてきます。しばらくして「ざるそば」がやってきました。
笊に薄くひかれたそばは、細く角が立ち、瑞々しくも艶やかです。美しいです。ほしはほとんどみられません。つゆのほか、薬味には葱、大根おろし、生山葵の3種が付いています。一番はじめに供された「水」を口に含んで後、まずはそばだけを手繰ります。清冽。
思わず、浮かんだ感想でした。キリッとしめられた清らかに澄んで冷たいそば切りが、ささやかな香りの余韻を残し、スルッと喉元を滑り落ちていきます。次につゆだけを含んでみました。衝撃でした。
目の前のつゆは、まさに、あの禅問答のようなそばつゆであるように私には思えたのです。そして、それまでは想像でしかなかった片山先生のおっしゃる円錐台のイメージが、感慨を伴って頭に浮かびあがったのです。
そばとつゆを一緒に手繰ると、口の中が輝きました。
続いて供された笊の上に品よく盛られてある「手挽きそば」は、ほしと粗挽きの粒が点在しているにもかかわらず、角の立った本当に美しい細切りで、しばし眺めていたいくらいです。そばだけをズゥッと手繰ると、輝くような清澄な喉越しの後、先程のざるそばより野趣に富んだ余韻が残りました。つゆと合せるたびに、口が喜んでいます。
このようなそばと出会えたことに、感謝の念を覚えました。
さらさらのそば湯で割ったつゆも、割る量に応じて綺麗な円錐台のイメージを保持したまま引き延ばされていくように感じました。
その後「鴨ざる」と「天ぷらそば」が供されました。
前者は火の通された肉厚の鴨肉と葱を、別添えのつゆに入れて頂くものです。鴨肉はふっくらして大変軟らかく、噛みしめると肉の旨みがジュワァ~と口の中に溢れだします。臭みや脂のしつこさは全く感じません。添えられた葱は、本来の甘みに程良く鴨の脂がからみ、これまた美味です。これらをつゆの中に入れ、渾然一体となった旨みとともに、非の打ちどころのないそばをススッと啜れば、最高です。圧巻の喉越しの後には、じんわりと幸福が湧き起こります。
後者の「天ぷらそば」。こちらも「天だね」と同じくジュウジュウと音を立てながらの登場です。前述した通り、熱々のかけつゆの香りにチラチラと顔を覗かせる胡麻油の馥郁たる香りが何とも言えません。その上、こちらのかけつゆは、「天だね」とはまた別物です。色が若干濃く、かえしの割合が多いと思われます。供するものにあわせ、つゆも変えていく。襟を正して、頂きたくなります。プリプリの海老をハフハフと頬張っては、ズズゥッとそばを手繰ります。細切りのそばが、やさしく喉を通っていきます。
最後に追加で「にしんそば」をお願いしました。一週間かけてじっくりと丁寧に甘辛く炊かれた自家製のにしんは、見た目は立派、味は絶品です。身欠けではないにしんそのものが持っている豊かで深い味わいが、惜しまず投入された手間暇によって最高の状態に高められているように思います。お箸でハラリとほどけながらも、実はやわらかなふくらみがあり、口中に幸せが広がります。このにしんの旨みが合わさった甘汁で頂くそばは、もう、至福の至りでした。
頂いたお品の数々はもちろんのこと、お店の空気感や、都度そば湯を運んで下さったり、細やかなお気遣いを頂いたりして、二人とも、胃も心も温かくなりました。
はるかな過去から、しっかりと在り続ける富士山を今度は背にして東名を走り出したとき、ある想念が頭をよぎりました。江戸時代より「手打ち蕎麦」という言葉はあったといいます。その意味するところは、諸説あるようですが、概して丁寧に作った高級な蕎麦を指していたようです。頂いたおそばは、江戸の時代に生きた誇りある蕎麦職人と対話を繰り返しながら、厳選された原材料を用いて手間暇を一切惜しむことなくこだわりを貫き続けてこられた年月の結晶であり、まさしく、過去から投げ掛られた真っ当な心意気をしっかりと受け止めた「本来の手打ち蕎麦」なのではなかろうか。
【写真の説明】
ショップカード1、ショップカード2、外観1、外観2、外観3、看板、
店内は撮影禁止のため、写真は以上となります。
店名 | 藪蕎麦 宮本 |
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電話番号 | 0547-38-2533 |
住所 | 静岡県島田市船木253-7 |
アクセス | 東名吉田インターより車で2分、JR六合駅よりタクシーで15分 富士山静岡空港より車で10分(平成21年3月開港) |
営業時間 | 11:30~15:00(売り切れ仕舞い) |
定休日 | 月曜日(祝日の場合営業、翌日振替) |
平均的な予算(昼) | 3000~4000円 |
平均的な予算(夜) | |
予約 | そばがき・そばずしは平日のみの予約制 (前日までの要予約) おまかせコース 平日のみ 1日1組 (3名~6名様) (2.3日前までに要予約) |
クレジットカード | 不可 |
個室 | 無 |
席数 | 24席 |
駐車場 | 有 (店の前と南隣) |
禁煙 | 禁煙 |
アルコール | 有 (日本酒 ビール) |
ホームページ | 無 |