美味しい蕎麦をもっと愉しむための蕎麦情報ウェブマガジン

小松川一丁目、2丁目、3丁目は、昭和55年頃から進められた市街地再開発事業で整備された街である。以前は、住宅・工場・商店が密集した典型的な下町であったそうであるが、現在は災害時の避難所となる大きな公園或いは駅前広場や学校・保育所が整備され、幾棟の形の異なる高層マンションがゆったりとした敷地の上に建てられている。都会的雰囲気の中に、安心できるような落ち着きのある街並みである。

　玉川屋は、昭和30年代にご当主がこの街に暖簾を出してから、50年近くこの街で蕎麦屋を営んでいる。市街地開発以前は、工場の昼食や夜食の出前で随分と忙しくしたそうであるが、今は昔の隣近所や常連さんが寄り合ってわいわいがやがやする憩いの場所のようになっているお店である。

　玉川屋に行くには、都営新宿線の東大島の小松川口を出てから北に向かい、大島小松川公園を10分ほど歩いて抜ける。公園を出て二つ目の信号を渡った角にセブンイレブンがあるので、その脇の通路を10メートルほど入ると四方を高層マンションに囲まれた広場（パルプラザ）に出る。一階は色々なお店になっており、この広場を囲むようにして内側を向いて並んでいる。市街地開発以前からあるお店がここに集まって、新たに造った商店街である。通路から見て正面にある肉屋の横の路地の奥まったところに、玉川屋がある。

　暖簾をくぐると、右側に4人掛けのテーブルが一つ、格子ついたてを挟んでかぎの手に延びた土間の奥に4人掛けのテーブルが縦に二つ並んである。左側は通路を挟んで4人掛けと2人掛けのテーブルがあり、その奥は小上がりの座席になっており4人が座れるテーブルが二つある。

　姉さん女房の女将さんがにこやかに迎えてくれ、良く通る声で調理場に注文を通してくれる。

　私はいつものようにオオモリを、家内もいつものようにオカメそばを注文し終えると、女将さんが横に立って、最近の町内の出来事や商店街の行事などを後先の順序無く話し始める。座敷に上がったお馴染みさんが、合いの手を入れるように自然に話に入ってくる。下町のお蕎麦屋さんでは、客同士の間に垣根が無い。

　「上がったよ！」の声が調理場からかかると、女将さんが「お 待 ち ど う 様！」と言いながら一品ずつ運んでくれる。

　さて、そばである。

　色は、若干濃い蕎麦色。

（蕎麦色と言う表現が正しいかどうかはわからないが、色白ではない。）

太さは普通。中打ちの「切りべら23本」だろうか。

　盛は良い、満足の量。

　一箸つまんで、そのまますすり込む。蕎麦猪口に取らず、そばの山から直接すすりこむので一すすりではそば全部が口に入らない。二すすり、三すすりでやっと口に納まる。

　一すすりズッズズー、蕎麦の香りが鼻先にくる、二すすりズズ、蕎麦の香りが唇と歯の間に入り込む、三すすりズズー・・ズバ、蕎麦の香りが口中に広がる。幸せ！

　先ずは前歯で噛み込む、プルッと震える感じを残しながらすっと切れる。絶妙の茹で加減。

次は奥歯で噛み潰す、ザクザクの快い感触が歯に応えてくる。のどが早く飲み込めとねだってくる。本日は、じっくり味を確かめねばならない。いつもの3倍ほど噛んでみる。何と！甘みが増してくる。初めての感覚、これがうわさに聞いた甘み、自分には感じることができないとあきらめていた甘み、すばらしい！

　早く飲み込め！のどが待ちきれずに催促する。のどに蕎麦を送り込む。しかし、いつもののど越しの味わいがない。のど越しを味わうには完全に噛み砕いてはいけない、のどを通る時のツルンとした、とんどん飲み込みたくなる後を引く感触が欲しい。

　二箸目からは、三分の一ほどを汁につけてすすりこむ。やはり、汁をつけた方が美味しい。今度は5回ほど噛んでのどへ送る。蕎麦がなめらかにのどを通過して行く、のどが喜んで次を催促してくる。

　箸で蕎麦をつまむ、蕎麦猪口にそばの先端を入れて汁に浸す、箸を2回ほど上下させる、口に運ぶ、大きく吸い込む、前歯で噛みこむ、奥歯で噛み潰す、のどに送る、飲み込む。これをひたすら繰り返すと、オオモリの蕎麦は跡形も無く消え去る。

  と、前を見ると家内がオカメそばを音も立てずにすすっている。まだ半分も終わっていない。モリソバを食べると、早食いになるようである。

今回は、思わぬ長文になってしまったので、この辺で止めにします。